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【陽面着陸計画】映画知ろうとレポ!今日は何の、映画を観る?
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人類の限度。

メッセージ

メッセージ』を観た!
原題:『ARRIVAL

突如、巨大な飛行物体が、世界各所に姿をあらわす。
それは人類にとって絶望を象徴する一方で、
「未来の可能性」とも見てとれた。

国益を優先させようと、
それぞれの国が研究者を集めて、
地球外生命体とコンタクトをはかろうと躍起になる。

選ばれたのは、言語学者のルイーズと物理学者のイアンだった。

軍が指揮する中で、ルイーズたちはアメリカ国民と、
そしてひいては人類への責任を背負いながら、
コミュニケーションをとるすべを探っていく。


人間たちの欲と恐怖が渦巻く中で、ルイーズが知ったこと。

それは、「言語」の限界。


もはや、「突如」。
ハリウッド界に姿を現しては、次々と世界を虜にしていく
カナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。
灼熱の魂』でアカデミー外国語映画賞を受賞してからは、
毎年1本くらいのペースで次々と作品を手掛けていく。
プリズナーズ』、『複製された男』などを観たならわかる。
彼が扱う題材がなかなか悩ましいうえ、
毎回疑問も上手に残していくため、ドゥニ監督はある意味“トラブルメイカー”。
エンディングクレジットで何度、頭が混乱したことか。

SF映画を代表する名作とも呼ばれるいる
ブレードランナー2049』も、絶賛公開中。
すばらしい完成度で、演出もかなりうまかった。
これでもはや彼は、不動の地位を獲得したろう。

そんなドゥニ監督が、壮大な規模で“地球外生命体”にチャレンジ。
これまでの『複製された男』などで巨大蜘蛛が登場することもあったけれど、
ここまでザ・SF映画は初めてなのでは。

きっとその世界観だけに破綻するような作品じゃないだろうと確信し、
30歳の誕生日にぶつけて観に行ったさ。
メッセージ
ゆさぶられた、脳。

エンディングに入ると、またしばし硬直状態が続いた。
「まって、この物語、破綻していない?」と。
でもドゥニ監督は、このテでぬかる男ではない。

物語の構造、セリフを、お尻から頭まで、
逆再生しながら長考。
そして見えてきた、一光

たとえばクリストファ・ノーラン監督は、物語の可能性を大きく広げてくる。

ドゥニ監督といえば、「今までになかった知識」を広げてくる。
ありえないストーリーのようで、振り返れば世界観に放られて、納得を避けられない。


けしてアクション映画として優れている作品ではないので、
自宅鑑賞でじっくり物語にひたってほしい。
一見すると、「間違い」を覚えるような違和感なのに、
よくよく考えてみるとつじつまを合わせてくる恐怖。

こういう考え方があるんだという気づきが、最大のプレゼント。
誕生日に観れて本当によかった。

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レビューはまだまだ続きます。お時間あればこの先もどうぞ!

以下、久々のネタバレあり。

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汝、恐れるなかれ。

スプリット

スプリット』を観た!
原題:『SPLIT

誕生日パーティに招かれたケイシー。
彼女には、その場が窮屈でしょうがなかった。
「ただ呼ばれた」だけの存在。
だれも自分を歓迎していないから。

その帰り、“友達”の父親が運転する車で、自宅まで送ってもらうことに。
しぶしぶ了承するケイシー。
友人と3人で先に車に乗り込むと、
突如助手席には、見知らぬ男がいた・・・―――。

誘拐される少女3人。

監禁するのは、一人の人間たち。


多重人格ものにチャレンジした、M・ナイト・シャマラン監督。
シックス・センス』で大ヒットをかました、あの監督の作品だ。

今思えば、スリラーとか、パニックとか、ホラーとかを手掛けがちな彼だから、
監督作品はほとんど観ていない。
アンブレイカブル』は評価が割と高いので、いつか観たいなと思っていたけれど。
(結果、観ておくべきだったと痛感したが。)

そんな私がなぜこの映画を観たのかというと、
ジェームズ・マカヴォイ」という理由があったから。
スプリット
予告編を観た限りでは、あんまりいい思いがしない作品だと感じ。
でも、ジェームズ・マカヴォイ多重人格役をやるとなれば、観逃せないっしょ。

5月に観た以来の記憶を蘇らせつつ、
作品の内容を振り返ってみたけれど、
映画自体は、まぁ普通だったんだ。
要はこれで、さらに続編を作りたいって魂胆で、序章的な作品なんだ。

展開とかやや雑な印象だったし、
せっかくマカヴォイが演じるなら、もうちょい見せ方面白くしてほしかったなとは思う。
クライマックスも、「ここまできて・・・は?」って思う人が多いだろうに。


多重人格・・・さらにそれが超越して、
体の造形までをも変えられるというところまでいくと、
ものすごくファンタジー。
なんだ、ピュアな「サイコスリラー」では終わらないのね?という。

そもそも、多重人格という存在も、
どこまでをいうのか、判断はあいまいだとは思う。
傷つきたくないがために、自分を偽ってふるまう人もいるけれど、
そうした多面的な人が、はたして多重人格といえるのか。
真実の行方』のように、
“世渡りやすい”から、人格を隠している場合もあるし。
「病的」な人がいたとしても、
医者から「症状」として診断されなければ、そうとも言えないのはおかしいし。

ただいずれにしても、
意図的に、あるいは無意識的に、
別人になろうとする気持ちは、
その人が置かれた環境に影響していると思う。
これには、本人に罪はないようにも感じる。

ひいては犯罪に至った理由も、
やっぱり取り巻く環境にあったのではないかな。

人に危害を加えれば、加害者と被害者の関係になる。
これは致し方ないけれど、
そもそもそういう人格を育ててしまった環境に、
罪があるのではないか。


最終的にこの映画が、
ある種の“前向き”、あるいは“救い”になったは、
「負けるな」というメッセージがあったから。

世の中には理不尽にも虐げられる人がいる。
それに抗うか、従うか。
しかしどちらにしても、人格に影響は与えかねない。

そうしたときに、「被害者になるなよ」というメッセージ。
強くあれよ。他人に影響されるなよ。
「社会」がある以上、ある程度のルールや忖度は必要だけれど、
虐げられたことをすべての理由にするなよ、と。

自らの考え、感情を、客観視すれば、
それが“まとも”なのか、“不条理”なのか、判断できるかもしれない。
難しいことだけれど、頭の中の“声”がどこから来るか考えれば、
環境に支配されずに、答えを導き出せるかもしれない。

いつかの被害者が、加害者になることは、負の連鎖。
「自分もされたから他人にもしてやる」は、絶たなければならない。


今、アメリカをはじめ、世界で「拒絶」が良しとされている風潮がある。
この時の被害者が、いつかの加害者になるかもしれない。
そう考えると、今どうすべきか、もっと考えねばならない。
多くの加害者が、なりたくてなったわけではないのだから。


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