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今日は何の、映画を観る?
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エイティースが奏でる
父と子の系譜。


ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』を観た!
原題:『GUARDIANS OF THE GALAXY VOL.2
※映画本編にだって「Vol.2」が出てくるのに、なぜこの邦題・・・。

ロックでポップ、クールでキュートな
デコボコヒーローたちが、帰ってきた!
その名も、ガーディアンズオブギャラクシー

喧嘩しまくるほど仲の良い彼らは、
先達ての戦いで知名度を高め、
今や宇宙中で引っ張りだこ!
仕事を請け負いながら、賞金や報償を得て生活をしていた。

しかし、簡単にはまとまらないのが彼ら!
誰かが上手くやり過ごせば、
必ず誰かが余計なヘマやいざこざを起こす。

強大な勢力に目をつけられたガーディアンズは、
一方で「家族との再会」という
人生におけるメインイベントにも出くわし、
早くも、広大なユニバースで散り散りになるのを予感させた。

寂しさを知っている俺たちだから。

誰も望まなくたって、ソバにいるさ。


一連のマーベル映画の中でも
まさに大穴場とも言えた、 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。
その続編ともなれば、やっぱり期待せずにはいられない。
それゆえに、観るには少し、勇気が要った。
前作は、コメディ要素が強いながらも、感動シーンはしっかり用意されていて、
キャラクター設定も、世界観も、映像も手抜かりなくて、
悔しいくらいに上手に作られていた。

「ヒーロー映画とか苦手なんだけど」という人がいても、
「え、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』観た?あれならいけると思うよ」。
そう自信もって勧められるものだった。
こんなの、作る側はもちろん、
観る側も、とんでもなくプレッシャーだよ・・・。


そうこうしているうち、あっという間に公開日。
もろもろ私生活でばたばたしている中も、ちゃんと映画館で鑑賞!
いやぁ、号泣でしたよ

ストーリーのスケールはやたら大きくなり、
今後関連してくるだろう、キャラクターも不用意に出てきたりして、
ある意味、「マーベル作品のシガラミ」を感じられたけれど、
それでも独自のセンスで彼らは帰ってきてくれた。

主要メンバーは、喧嘩しながらも
その喧嘩にもすっかり愛情が感じられて、
言葉にしなくなって、お互い分かり合えたりして、
「続編」たるメリットがたくさんあった

おせっかい具合は、前作同様で、
なんで彼らはこうも世界を救おうとするんだろうと、
けなげな姿に見入ってしまう。
それもこれも、唯一見つけた「家族」とつながり続けるためなんだけど、
それを全く自覚していないところが、まったくかわいい

思わず爆笑してしまうギャグと、
一転、キュッと心を掴んでくる切なさ、感動は、
半ばクセになる切れ味。
間延びするシーンもあるけれど、
本当に上手に作られているので、見逃すと損する一品。

地球人と、宇宙人とは、文化圏が大きく違うので、
カルチャーショックによるギャグも最高に面白い。

ベビーグルートへの胸キュンは避けられない。
ヨンドゥ株、急上昇間違いないし。
今思えばイケメン率も低めだけど、
間違いなくキャラクターは全好き


既に販売・レンタルも開始しているので、必見。
映像がやたら綺麗なので、Blu-rayでの鑑賞必須ですわ。

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==========

長らく更新途絶えました・・・。
身辺整理(オオゲサ)でバタバタしてましたが、
ようやく落ち着けそうです。

これまで使っていたパソコン(VAIOちゃん)が、
ついにvistaサポート対象外となり、買い替えも完了。
今、新しいパソコンで試運転中です。
(デスク周りがきれいになったら、また相棒を紹介したいな!)

この映画レポも、そもそも5月に鑑賞した作品。
ぼちぼち遡って映画レポ、書いていきます!

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画


ただいま。

T2 トレインスポッティング

T2 トレインスポッティング』を観た!
原題:『T2 TRAINSPOTTING

あれから20年。
こんな未来を想像できただろうか。

クソ溜めみたいな腐った日常。
俺は、仲間から金を奪ってまで逃げ出したかった。
切り開きたかった。全てをやり直したかった。
もうニ度と、振り返ることはないはずだった。

俺は帰る、故郷へ―――


今や、アカデミー賞作品を手掛けるダニー・ボイル監督の、
青臭くも、時代を牽引したシリーズ、遂にの続編!

それは、「期待」ではない。
ただ、懐かしいアイツらに会いたかっただけなんだ。



とはいえ、1作目の『トレインスポッティング』を観たタイミングが、
必ずしも自分にとってピンポイントだった、とは言えない。
そもそも1996年に劇場で公開された作品なわけで、
自分はまだ10歳に満たなかった。

T2 トレインスポッティング
初めて鑑賞したのが21歳の頃。
たぶん、年齢的にはそこそこドツボだったろうけど、
自分自身の人生経験値や理解力が足りなくて。
「映像」という意味では触角が働くも、
心に残ったとは言い難かった。

そして、続編をやるっていうんで、
もう一度見直した『トレインスポッティング』。
約10年ぶりのこと。

不思議と形容しがたいのは、相変わらず。
10年の経験値を携えても、
本当のクソ溜めを知らない幸せ者だから、
レントンたちが生きる世界を、部外者目線でしか見られないところがあった。

それがどういったわけだか、
続編の『T2』は撃ち抜かれた。


ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』を観た後の気分にちょっと似てた。
心が動く対象が変わってきたことに気付いた時の、
「大人になったんだなー」っていう、感慨深さ。
寂しさ。達成感と、やるせなさ。

思い描いていたでっかい未来とは違う、
身丈どおりの未来にハマっている自分。

「あれぇ・・・?」って思うは思うけど、納得感もある。

未来を大きく描くことは意味があると思うし、
夢中になって努力することも大切。
でも、あたりまえのように、
性格とか観念とか、もちまえのキャパが妨げてくる。

無我になってた時は気付かなかったのに、
登ってきた山の途中で、来た道を振り返った時に、
「想像していた景色と何だか違うな?」と、ちょっと茫然とする。
振り返らなければ良いのだけれど、
どこか節目が来ると、来た道を見たくなるものなんだよね。

思ったよりも見晴らしが良いわけでもなく、
高くもなく、空気が澄んでいるわけでもない。

だけど、足は、ちゃんと疲れてる。マメだってできてる。
登ってきた道は、楽しかったし、辛かったし、面白かった。
結果よりも、経過に満足している自分がいるんだなって。


『T2』は、なんだか、そういう場面に共鳴した。
結局これも、映画を観たタイミング、年齢が、
そのように感じさせるし、“解釈”さえさせる。

物凄いチャンスが目の前にあったって、
大金が懐に入ってきたって、
持てあましてしまうことは、ある意味、その人の才能だ。

結局、あまりに高い山に登ってしまっては、
空気が薄くて息が続かないし、雲や霧で道を見失うかもしれない。
恐くなって、来た道を戻りたくなったり、
なるべく平坦な道を進もうとしたりと、山中で選択していく。

悔しいけれど、
いるべき、あるべき自分のところへ、
きっとちゃんと帰ってしまうのだろう。


だけどそれは、「ああ、ずいぶん遠くまで散歩したもんだなあ」と、実感できる。
大嫌いだった場所も、
逃げ出したかった現実も、
クソみたいな腐った世界も、
自然と故郷になってしまうんだ。

T2 トレインスポッティング
「ただいま。」

何の作品においても、「続編」は危険だ。
ダニー・ボイルはどう、続編を手なずけるのか、不安はあった。

実際、映画の中盤までは、
ダニー・ボイルらしさはありつつも、
どこか控えめで、やけに“おっさん”くさかった。

でも、終盤にかけて、勢いが増していく。
物語の構成も、原作へのリスペクトが感じられる。
「こうであってほしい」という希望が、
見事に叶っていく。

レントン、シック・ボーイ、ベグビー、スパッドが、
あってほしい形におさまっていく。
ダメなやつはダメで、
ダメなやつは、ダメなりに頑張ってて、
実はダメじゃなくて。

最後には、
「あぁ、こういう終わりかたね」って。
すごく、満足する。


やっぱり、キャラクターへの愛着がすべてだから、
1作目をしっかりおさえてから観てほしい。



「まじで人生、クソったれだな、ははは。」って笑えるような
人生にしたいものだなー。
ヤケクソ感漂うも、清々しい空気の流れる映画だった。

=====

やっぱりどうしても語らずにはいられません。
シック・ボーイ役の、
ジョニー・リー・ミラーです。

さること10年前。『トレインスポッティング』1作目を観た時のこと。
ユアン・マクレガーがかっこよくないと、
記録的暴言を吐いた私。
一方で、ジョニー・リー・ミラーは、お気に召した様子。

それから別事項で、
ロバート・ダウニー・Jr.の『シャーロック・ホームズ』に出会って以降、
“シャーロック・ホームズ”そのものに対しても興味がわくようになった。

もちろん、ベネディクト・カンバーバッチ主演のドラマ『シャーロック』が
これまたなかなか面白くて後押ししたし、
“シャーロック・ホームズ”自体が、
ちょっと風変わりな探偵という様相をていしている点も
惹きつけるきっかけになったと思う。

その後、なんとなく毛嫌いしながらも、
ずるずる観出したのが、ドラマ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』。

これは、ニューヨークが舞台という邪道っぷりと、
且つジョン・ワトソン(ジョーン・ワトソン)が、
女性という設定の、とんでもないドラマなのだ。

しかしずるずるというのは恐いもので、
観続けることで、良い点なんかも見えてくる。愛着だってわく。

ワトソンとホームズの、
ある意味プラトニックな共同生活は、私にとって大好物だったのだ。

うす暗く、古臭いアパート。
物にあふれた汚い空間も大好きなのである。

そうなるともう、何に対しても好感度アップで、
ジョニー・リー・ミラーのホームズも好きになってしまった。
ハマり役やんけ!と。

ところがどっこい(古い)、
シック・ボーイと、このホームズの俳優が、
同一人物だとはまったく気付かなかったのだ!

金髪じゃなくなったどころか、
完全にハゲになったジョニー・リー・ミラー。

しかし、10年経って、ユアン・マクレガーにゲヘゲヘ言うようになった私は、
ハゲでもシワくちゃになったジョニー・リー・ミラーでも、
なんでもよくなっていたのだ!!!←



そんな2人が、『T2』でどんな関係を魅せるのか。
この映画の最大の見所といって過言ではないであろう(嘘)。

しかしまあ、こういった好みがバカ広くなった点で、
私自身、大きく成長したように思えるのだ(・・・というか、退化?)。

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不器用で、ほまれだかき、
母なる20世紀へ。


20THCENTURY WOMEN
試写会で配布されたプレスシートはしっかりした作り!

20センチュリー・ウーマン』を観た!
原題:『20TH CENTURY WOMEN


1979年。僕はジェイミー、15歳。
55歳の母さんは、女手ひとつで僕を育てない。
より色んなものに触れて、多感である時期を過ごしてほしいそうだ。
母さんひとつの視点が、すべてではないから。

家には、改装を手伝ううちに居候することになった、ウィリアム、
部屋を間借りしている、アーティストのアビー、
そして年上の幼なじみ、ジュリーが常に出入りしている。

父親がいない僕を、母さんは案じているのだろうか。
でも母さん自身は男を作らず、
ウィリアムに父親役を一任するでもなく、
女性が多くとりまく環境を僕に与えた。

しかも、僕が知らぬ間に、
子宮がんの再発を恐れる、ちょっとパンクなアビーと、
僕が心寄せる不良少女ジュリーとに、
「僕の教育係」を頼んだのだ。

母さんはとても、おせっかいだ。

母さんは、誰に対してもオープンマインドにふるまう。
出会った人をすぐに家へ招いては、食卓をともに囲む。

でも、こうした母さんの姿は、“本当”ではないようにも思える。
僕は、母さんのことをどれだけ知っているのだろう。
母さんは本当の思いを、考えを、すべて僕に話してくれているのかな。

心を開いているように見せて、実はとても臆病ではないのかな。
すべてを受け入れることを、怖がっていないかな。

僕がいつか成長し、母さんの元を離れることを、
夢見ながらも恐れているのではないのかな。

でも、これからの、先の見えない時代に、
僕がぽつんとほうり投げられた時に、
僕が見失わないように、惑わないように、
母さんが守れる間だけ、
母さんの認知する範囲だけで、
いろいろと経験をさせたいのだと思う。

気丈にふるまう、僕の母さん。
母さんがやること、なすこと、正解も不正解もない。
やること、なすこと、僕の糧。

今、僕の心の中で活きるのは、
20世紀ウーマンのスピリット。

強くある女性。弱さをみせない女性。
一人でも生きられる女性。
「そういう時代がきたのよ」って。
でも、そんな時代も、また旧き良きものになる。
そこに、なんとも言えない美学が、あるのだと思う。


人生はビギナーズ』で、
特異な自身の人生を描いた、マイク・ミルズ監督。
75歳の実父に、「自分は実はゲイなんだ」と告白された経験をもつ。

でも彼はけして、そんな人生を悲観していない。
そして、心色あざやかな映画を作った。

彼の多様性を寛容できる心のルーツは、
20世紀ウーマンが与えた環境に、あったのかもしれない。
20センチュリー・ウーマン』は、そんな映画だ。


今回も、毎度毎度いつもいつもお世話になっている方に、
試写会に誘っていただいたのだが、
この企画自体は、ファッション雑誌『GINZA』が
女性限定で催したものだったそう。

映画本編を観れば、女性の核心を、
事細かに描いていることに気づくだろう。

なんて、女性である自分が言うことは、どこか座りが悪いのだけれど。

でも明らかに、マイク・ミルズ監督の中に、
女性的なものがあること、
あるいは女性にかなり近いところに考えをおけることがわかる。

もちろん、『人生はビギナーズ』では、
ユアン・マクレガーが演じたオリヴァーに、フォーカスしている。

そういった意味では、男女問わず、
あるいは中性的な観点で、
「もやっ」とか、「チクッ」とか、「キューッ」とかの、
繊細な感情を描くのに非常に長けているのだと思う。

数々の、女性ならではのエピソードを、
集めに集めて丁寧につむぐマイク・ミルズ監督。
心のアンテナが高いことはもちろん、
事象をただ取り込むのではなく、
“しみる”ように表現する。

それらは、観客にとって、
「共感」という形で映画に溶けこませる。

彼を、映画監督して知らしめた『サムサッカー』を観ていないために、
『人生はビギナーズ』との2作しか知らないけれど、
どこか強烈に、彼へ信頼を寄せてならない。


試写会の後、出待ちをせずに帰ろうとしたところ、
会場から出てきたマイク・ミルズ監督に鉢合わせた。

20THCENTURY WOMEN

彼の表情からも読み取れるに、優しそうな人だった。
マイク・ミルズ監督に、いろいろ尋ねたいこともあったけれど、
遭遇できたことで嬉しくて、いろいろ吹っ飛んでしまった(笑)

20THCENTURY WOMEN
この日もらったプレスシートに、サインもしてくれた!
ダコタ・ファニングに吹き出しを描いて、
私の名前まで書いてくれた!

移動時間であったにも関わらず、
丁寧に対応してくれたマイク・ミルズ監督に感謝。


こうした、ゆるいタッチのヒューマンドラマは、
作品賞にノミネートされることはあっても、
なかなか作品賞受賞には届きづらい。

でも、彼の描いた作品は、
この年の作品賞『ムーンライト』よりも普遍的で、浸透しやすいと思う。

映像としての描き方はもちろん、
マイク・ミルズ監督が書いたオリジナル脚本自体が、
その奥深さを証明している。


最後に・・・。
イベントで、マイク・ミルズ監督に質問できる時間が設けられたんだけど、
タイムオーバーで、手を挙げ損となった私。

マイク・ミルズ監督に、
「あの頃は良かったと思うのか、
今の時代は今の時代で、魅力を見出していえるのか」、聞きたかったなー。

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なににでもなれる、本当は。

ムーンライト

アカデミー賞・作品賞受賞『ムーンライト』を観た!
原題:『MOONLIGHT

細くて、小さな体のシャロン。
彼は、母親とふたりきりで、貧困地域に暮らしていた。

母親は薬物に溺れ、生活はますます厳しくなるばかり。

シャロンは家庭や学校でつまはじきにされ、次第に口数が減っていく。
自信を失い、逃げまどう日々。
助けを求めるすべも、持ち得ていなかった。

出会ったのは、麻薬を売りさばく男・ホアン。
彼も苦労して生きてきたからこそ、シャロンの境遇を理解していた。
裕福でもあるホアンは、寛大な心でシャロンを包んでいく。

しかし、シャロンの環境は、大きくは変わらなかった。
シャロンは、成長するにつれ、多くの疑問と葛藤する。

身の回りにありふれた世界は、
自分をどこまで閉じ込めるのか。


本当は、なんにでもなれるはずだった。
生まれにも、肌の色にも、性別にも、観念にもしばられないはずだった。
でも、そうはさせまいと、世界は阻んでくる。
不条理すぎて、心臓が締めつけられる。

シャロンは不器用に、社会に順応する。

ひたすら自分を押し殺して。


ブラッド・ピットがプロデューサーを務めていることもあり、
それでも夜は明ける』のイメージを引きずっていたので、
本作もどんだけ重いんだと、ビクビクしていた。

でも、恐れていた程ではなかった。
思っていたよりも、インパクトを抑え、
より繊細な描き方をしていた。
作品賞を受賞して、まさに本年度の顔!とも言うべき作品であるのに、
いい意味でとっても地味だ。
異質感もなく、単館の映画館でほそぼそと上映しそうな作品。

そういった意味では、「作品賞受賞!」と掲げて、
より多くの人の目に触れたほうがいい作品なのかもしれない。


先日も、東京でLGBTに関するイベントが開かれ、
その規模は盛大だったそうな。

今、性的マイノリティに注目が集まっている。
男が男を好きになったっていいじゃない。
女が女を好きになったっていいじゃない。
男も女も好きになったっていいじゃない。
そもそも、男も女も切り分けなくたっていいじゃない。

私も、「男だから」「女だから」と、切り分けて考えることは好きじゃない。

特に「男だから浮気するもの」、「女は受け身であるもの」などの、
個体差があるにも関わらず、偏った意見が嫌い。

生まれながらにして、生物学的に、
男女で体のつくりが違うということは認める。そりゃ当然だ。

けれど、体のつくりが、考え方をも支配しているといった見方は、
ずいぶんと頭が固いように思う。

女性は昔から月のものもあるしで、
ヒステリックに陥りやすいとするけれど、
男の人でもヒステリックはいるでしょうに。

医学的な統計や、経験則で、
全ての男がこう!女はこう!みたいな考えは、
例えあったとしても、突っ走ってほしくない
「そうとも限らない」ことを、常に念頭にあってほしい。

だから、同性も異性も問わず、人を好きになることだって、
当然あるだろうし、誰もそれを否定できない。してはいけない。

たとえ同じ家庭で育った兄弟であっても、
他人の言動や環境をどう受け止めるかに、個体差がある。

生まれながらにしてか、生きてきた過程でかはわからないけれど、
好き好きは、必ずしも兄弟どうしで共通しないことは、断言できる。


ただ一方で、その存在意義を認めようと、
わーわーしすぎているのではないかな、と思う。
わーわーすることで、特別視されがちだ。
偏見や特異性は、意識した時点で避けられない。
妥当や常識と捉えられてきた、女性が男性を好くこと、
男性が女性を好くことと同じくらいに、自然にあらねばならない。

もちろんそうとは言っても、
多くの差別を受けてきた人たちは、自然にあれない。

だからこそ、今人々は立ち上がっている。
それに共感、共鳴した人たちが、
作品にしたり、イベントを開催したりと活動している。

とは言え、
作品の評価に影響してしまっては、だめだなと思う。

「今この時、この映画を作る」は、
なるほど、プロデューサーのアンテナの賜物だし、
社会への貢献度は評価されるべきなのかもしれない。

でも、もっともっと評価されていい作品もあるはずだ。
「この時代に、この作品を選ばなくては」という、
アカデミー賞会員たちの精神的切迫が感じられてならない。
もっと芸術として、技術として、どう優れているかで判断してほしい。

サッカーのバロンドール賞も、結局は選手の知名度がモノをいう。
こういうことでは、その賞の価値まで下がってしまう。


もちろん、いい作品ではあった。
時には、胸が裂けそうなくらい、痛々しいけれど、
「映像」としては描きすぎない。
それだけでも、映画に込めた想いが伝わってくる。

差別されている。
苦しい立場に陥っている。
環境に阻まれている。

そうした心がネジ曲がってしまうような世界の中で、
人が純粋に抱き続けている、綺麗な感情。
歪んでいても、まっすぐでも、愛。
そこに、性差も格差もない、生物としての魂が宿っている。

キャスティングも、無名な俳優を選んでいる。
より、普遍的であらねばらならない作品だから。


監督は、バリー・ジェンキンス

助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリは、想像していたより出番は少ない。
もっと彼の演技を観たかったな。
彼の出演作は、意外に観ていた。
「どっかで観たな」と思っていたけれど。
プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』では、
どこで出ていたか記憶は定かではない。
自宅鑑賞だけど『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』も観たな。


まあ、やっぱり獲るなら、
ラ・ラ・ランド』であってほしかったかな~。

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みちちがえたり、みちがえたり。

ラ・ラ・ランド

ラ・ラ・ランド』を観た!
原題:『LA LA LAND

女優になりたいという想いで、
“ハリウッドの地”に足を踏み入れたミア。

ホンモノのジャズを伝えるべく、
“ハリウッドの地”に根づくセブ。

2人は出会うべくして出会い、
道を切り開いていく。


運命のような強烈な引き寄せは、
お互いの未来になくてはならない存在。


夢の地で、痛感した現実。そして、

何にも代えがたい、巡り合わせ。

人には夢がある。
その夢が、現実的か、非現実的かなんて、誰にもわからない。
成功するか、失敗するか、誰にも知れない。
ただひとつ、想い続けていれば、道が開けるということ。

挑戦したこと、努力したこと、夢中になったことは、
未来の選択肢を広げる。
叶えたいという気持ちが、頭を働かせ、足を動かすから。


私事だが、いよいよ30代がさしせまった私。
当然、周りの友達も、30歳になるわけだ。

いろいろな人生があって、面白い。
小学校からずっと友達をやっているからに、
同じレールを通った部分もあるのに、全く別の結果をなしている。
それぞれが積み重ねた、軌跡。
そしてその価値は、本人のみぞ知る。


「いよいよ30歳だけど、どうする?」みたいな話しをしながらも、
ふと最近感じることは、
みんなほどよく丸まってきたなあ、ということ。

ここ1年で6キロくらい体重が増加し、
今まで履けていたスカートがキツくて具合が悪くなるほど、
体型が丸くなってきた・・・という話ではない。

“選択”が丸くなってきたんだ。

同時に、中学生の頃に読んだ、漫画家・武井宏之
代表作『シャーマンキング』の1シーンを思い出す。

「大人になるとある日ふと誰もが気づくんだ。
頭上にせまっている自分の限界とも言うべき天井の存在にね。」


少年漫画に、こうした大人ならではのアイロニーみたいなのを盛り込んでくる
武井宏之のセリフのチョイスがとっても好きだな。
もちろん、読んだ当時、どれほどそれを解読できていたかはわからないけれど。


大人なら誰もが痛感するような、セリフ。
といって、紹介しておきなら、
実は今の心境は、それとは違うんだ。

それぞれの夢を見ながら歩いてきた友達も、
同じような心境になっているらしい。
この間、格好つけてウイスキーバーで語らった時、わかった。←大人ぶりすぎ(笑)

「なるようになるよね」という、前向きな気持ち。
それは諦めとも、タテマエとも違う。
自然とわきでた、まあるい想い

あそこまで登り詰めなきゃ!
歩みを止めちゃだめ!
結構ハングリーな精神で、ガウガウしていた時期もあったと思う。
負けず嫌いでありながら、他人と闘うことは苦手。
一方で、怖がりだから、他人に噛みつくことだってあった。

「ダメかもしれない」という弱音を押し殺して、
やりきってやるよおりゃー!みたいな気持ちで、ガウガウガウガウ

そして、誰かに、何かに阻まれたり、
自信をなくしたりすればするほど、
自分がとんがっていくのもわかった。
おそらく、25歳あたりから、人生最大級の反抗期が訪れた(遅)。

何よりも、道を見失う要素。
年齢を重ねるにつれて、ひとつのところにとどまることが恐くて仕方なかったし、
負けを認めることも、失敗を味方にすることもできなくなっていた。
周りのことが全て回りくどくて、人生を急いでいた。
広がるはずの未来が、どんどん狭まっていく恐怖。

でも今は、未知に思えた大人の社会も、
お金の世界も、未体験だった感情も、いろいろ経験して、
「まあこんなものなのね~」と、どこかで納得したのかもしれない。

それこそ、天井に気づいたのではなく、
もともと見えていた天井のその先を、見よう見ようとしてきたけれど、
天井裏を見たのか、天井にそれほど魅力を感じなくなったのか、
いまある自分のフィールドに価値を見出すようになってきた。

狭いと思っていた部屋も、実はそんなに悪くないんじゃないかなって。
住めば都というように、自分の部屋は存外、快適な空間だった。
たんと遊んだし、たんとぶつかった。
足るか足らぬかは、私だけにしか計れないけれど。


フィールドというと、ちょっと大それたものに聞こえるかもしれない。
せいぜい、手に入れた手札と言うべきかな。


もともと、努力や鍛錬が、そうそう得意でなかった私は、
ちょっとやそっとのことで自信をなくしやすい。
もちろん想いが強い時期には、
「努力や鍛錬」なんて知らずに、夢中にやっていたこともあったけれど。

でも一度道が見えなくなると、
極度な負けず嫌いが理由なのか、
興味をもつ対象が広いのか、
気が散りやすいのか、
次々と求める路線が変わってきた。

ある意味では、「夢、敗れたり」。
ある意味では、「新しい道、見つけたり」。


行動すれば、叶うという経験もたくさんしたけれど、
けしてほしいものが全て手に入ったとも言いがたい。
(30歳目前で言うのも、ちょっとおこがましいけれど。)

でも、それはひとつも回り道や無駄足であったわけではなく、
全てが必要な通過点だった。
人生で使命感を見出してしまう人もいるけれど、
そうまで言わなくても、カチカチカチッと組み合わさっていく。
「なるべくして、なったのだな~」という充足感。
「あの時ああしてれば・・・」と、
起こらなかった未来を思うかもしれないけれど、それはそれ。


『ラ・ラ・ランド』の話に戻ると、そういうこと。
無我夢中で駆け抜けること、
失敗を繰り返すこと、
唯一だと思って選ぶこと、
一方で手放すこと、
全部があってこその、人生。

全てを手に入れることはできないかもしれないし、
できたとしても、その過程で捨ててきたものもあるかもしれない。

でもある時点に立った時、
「ああ、私の人生は、こういうことだったね」と充足感に満ち足りたら、
全ての出来事と出会いに、ありがとうと言えそうだ。

もちろん、定めた目標に向かって、
突き進み続けた人こそが、勇者なのだけど。



新鋭監督、デイミアン・チャゼルの登場だ。
本作で、アカデミー賞監督賞を受賞。
映画界に歴史を残す監督か否かは、今後の作品によると思うけれど、
何か一縷の光みたいなのが、見えたように感じる。この先にワクワクする。

アカデミー賞のまさかのトラブルで、
結果的に作品賞を逃してしまったけれど、まあそれはそうよね、という感じ。
(授賞式で、しかも作品賞で、
受賞作品発表間違いがあったという歴史的トラブル。
その授賞式を、久々に生放送で見れたのは、ある意味ラッキーかも。)

ただ、『ムーンライト』よりは、映画的に優れていたとは思う。
もちろん扱ったテーマが、『ムーンライト』の方が時代に沿っていたといえばそうなんだけど、
だからこそ『ムーンライト』は、ちょっとした一押で選ばれやすかった作品。

『ラ・ラ・ランド』は、それこそ作品賞を受賞した『アーティスト』のように、
どうして今この時代に!?
でも今の時代にありがとう!!

と思えるようなタイミングだった。
『アーティスト』ほど、歴史的な作品とは言えないけれど、
“今の時代とずれている”からこその、今の時代の映画と言うか。


個人的には、同監督デイミアン・チャゼルの『セッション』の方が、
映画史の一角において、
センセーショナルな作品だったと思うけれどね。
『セッション』で、作品賞をもらっていたら、最大級に納得だった。
『ラ・ラ・ランド』でもらったら、“早すぎる”かもしれない。


早すぎると言えば、本作で好演したエマ・ストーンもそう。
すごく魅力的だったし、歌もダンスもうまかったけれど、
もし彼女が今後映画界を牽引するというなら、
まだまだ主演女優賞は早かったし、逆に“天井が見えた”ようにも思った。
これは、ジェニファー・ローレンスにも言えることだけれど。

それでも夜は明ける』のルピタ・ニョンゴのように、若くして受賞とは、違う。
女優人生において、“彼女の代表作と言える作品かどうか”が重要で、
エマ・ストーンもジェニファー・ローレンスも、もうひと踏ん張りの末に受賞すべきだったかな。


ライアン・ゴズリングは、久々に好感度の高い役だった。
(どうも苦手な顔で、その割にナルシストであんまり好きになれない・・・。)

夢を追うか、愛を掴むか。
男女問わず、悩ましい選択。
その末、愛をつかもうと、堅実な道を選ぼうとした。
ろくでもない男性を良しとする作品が多い中で、
(なぜなら圧倒的に男性監督が多いから・・・なんてフェミニスト発言)
彼の選択は、女性目線では評価が高いだろう。

堅実な道を選ぶことと、
夢を追い続けることを、
同時並行で歩めないのは、
実によくできた世界だわ。

あいにく、ミアのためを思った選択は、
彼女の不安と失望を助長させてしまうんだけどね。


こうした絶妙な葛藤は、長年このストーリーを温め続けていた
デイミアン・チャゼルの経験の反映ではないかな。

もちろん、プライドも感じられるけどね。
一時の出会いと別れが、お前の人生だって変えただろう?って。

なんて、まるで傲慢な男を思い描いてしまうけれど、
実際はその通りで、
最悪な出会いも、最高の出会いも、
経験や知識になるものなんだなって。

出会った瞬間に、
運命の人だと思ったとしても、
それが一生続く関係であるかは、定かではない。

でも強烈な出会いが、その先の人生に何かしら影響を与えることはあるはず。
そういった意味では、
誰もが強烈な出会いを求めて、
外の世界に繰り出すべきなのかもしれない。

時には誰かに支えられ、裏切られ、互いに連れ添う。
ついて離れて、結んで切れて・・・。
人の人生が、人だけで成り立っているわけではないけれど、
人との出会いが人生を形成すると言っても過言ではないと思う。


やけに話が壮大に、熱くなってきた。
でもそれは、映画冒頭を飾った
ノーカットのミュージカルシーンの音楽
Another Day of Sun』を聴いていることが理由。
ひたすら言葉や想いがあふれてくるな。
素晴らしいオリジナル曲!!

映画はやっぱり、開始10分が制するね。
(と、語ったギャザリーの執筆記事が、
まとめサイト糾弾のあおりで、消されている・・・。
審査の末、二度と復活しないのだろうか・・・。
新規投稿もいつの間にやらできなくなっているな~。)


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