ADMIN TITLE LIST      
今日は何の、映画を観る?
【随時更新】トップ画像まとめはコチラ
映画のこと、まとめることに、なりました。
PRODUCED BY RECRUIT
そざい ギャザリー そざい
なににでもなれる、本当は。

ムーンライト

アカデミー賞・作品賞受賞『ムーンライト』を観た!
原題:『MOONLIGHT

細くて、小さな体のシャロン。
彼は、母親とふたりきりで、貧困地域に暮らしていた。

母親は薬物に溺れ、生活はますます厳しくなるばかり。

シャロンは家庭や学校でつまはじきにされ、次第に口数が減っていく。
自信を失い、逃げまどう日々。
助けを求めるすべも、持ち得ていなかった。

出会ったのは、麻薬を売りさばく男・ホアン。
彼も苦労して生きてきたからこそ、シャロンの境遇を理解していた。
裕福でもあるホアンは、寛大な心でシャロンを包んでいく。

しかし、シャロンの環境は、大きくは変わらなかった。
シャロンは、成長するにつれ、多くの疑問と葛藤する。

身の回りにありふれた世界は、
自分をどこまで閉じ込めるのか。


本当は、なんにでもなれるはずだった。
生まれにも、肌の色にも、性別にも、観念にもしばられないはずだった。
でも、そうはさせまいと、世界は阻んでくる。
不条理すぎて、心臓が締めつけられる。

シャロンは不器用に、社会に順応する。

ひたすら自分を押し殺して。


ブラッド・ピットがプロデューサーを務めていることもあり、
それでも夜は明ける』のイメージを引きずっていたので、
本作もどんだけ重いんだと、ビクビクしていた。

でも、恐れていた程ではなかった。
思っていたよりも、インパクトを抑え、
より繊細な描き方をしていた。
作品賞を受賞して、まさに本年度の顔!とも言うべき作品であるのに、
いい意味でとっても地味だ。
異質感もなく、単館の映画館でほそぼそと上映しそうな作品。

そういった意味では、「作品賞受賞!」と掲げて、
より多くの人の目に触れたほうがいい作品なのかもしれない。


先日も、東京でLGBTに関するイベントが開かれ、
その規模は盛大だったそうな。

今、性的マイノリティに注目が集まっている。
男が男を好きになったっていいじゃない。
女が女を好きになったっていいじゃない。
男も女も好きになったっていいじゃない。
そもそも、男も女も切り分けなくたっていいじゃない。

私も、「男だから」「女だから」と、切り分けて考えることは好きじゃない。

特に「男だから浮気するもの」、「女は受け身であるもの」などの、
個体差があるにも関わらず、偏った意見が嫌い。

生まれながらにして、生物学的に、
男女で体のつくりが違うということは認める。そりゃ当然だ。

けれど、体のつくりが、考え方をも支配しているといった見方は、
ずいぶんと頭が固いように思う。

女性は昔から月のものもあるしで、
ヒステリックに陥りやすいとするけれど、
男の人でもヒステリックはいるでしょうに。

医学的な統計や、経験則で、
全ての男がこう!女はこう!みたいな考えは、
例えあったとしても、突っ走ってほしくない
「そうとも限らない」ことを、常に念頭にあってほしい。

だから、同性も異性も問わず、人を好きになることだって、
当然あるだろうし、誰もそれを否定できない。してはいけない。

たとえ同じ家庭で育った兄弟であっても、
他人の言動や環境をどう受け止めるかに、個体差がある。

生まれながらにしてか、生きてきた過程でかはわからないけれど、
好き好きは、必ずしも兄弟どうしで共通しないことは、断言できる。


ただ一方で、その存在意義を認めようと、
わーわーしすぎているのではないかな、と思う。
わーわーすることで、特別視されがちだ。
偏見や特異性は、意識した時点で避けられない。
妥当や常識と捉えられてきた、女性が男性を好くこと、
男性が女性を好くことと同じくらいに、自然にあらねばならない。

もちろんそうとは言っても、
多くの差別を受けてきた人たちは、自然にあれない。

だからこそ、今人々は立ち上がっている。
それに共感、共鳴した人たちが、
作品にしたり、イベントを開催したりと活動している。

とは言え、
作品の評価に影響してしまっては、だめだなと思う。

「今この時、この映画を作る」は、
なるほど、プロデューサーのアンテナの賜物だし、
社会への貢献度は評価されるべきなのかもしれない。

でも、もっともっと評価されていい作品もあるはずだ。
「この時代に、この作品を選ばなくては」という、
アカデミー賞会員たちの精神的切迫が感じられてならない。
もっと芸術として、技術として、どう優れているかで判断してほしい。

サッカーのバロンドール賞も、結局は選手の知名度がモノをいう。
こういうことでは、その賞の価値まで下がってしまう。


もちろん、いい作品ではあった。
時には、胸が裂けそうなくらい、痛々しいけれど、
「映像」としては描きすぎない。
それだけでも、映画に込めた想いが伝わってくる。

差別されている。
苦しい立場に陥っている。
環境に阻まれている。

そうした心がネジ曲がってしまうような世界の中で、
人が純粋に抱き続けている、綺麗な感情。
歪んでいても、まっすぐでも、愛。
そこに、性差も格差もない、生物としての魂が宿っている。

キャスティングも、無名な俳優を選んでいる。
より、普遍的であらねばらならない作品だから。


監督は、バリー・ジェンキンス

助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリは、想像していたより出番は少ない。
もっと彼の演技を観たかったな。
彼の出演作は、意外に観ていた。
「どっかで観たな」と思っていたけれど。
プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』では、
どこで出ていたか記憶は定かではない。
自宅鑑賞だけど『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』も観たな。


まあ、やっぱり獲るなら、
ラ・ラ・ランド』であってほしかったかな~。

いつもクリックありがとうございます!
ランキングに参加しています。少しでも共感や参考になりましたらポッチリ願いますっ★
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ にほんブログ村 映画ブログへblogram投票ボタン
拍手もありがとうございます!励まされます!

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画


みちちがえたり、みちがえたり。

ラ・ラ・ランド

ラ・ラ・ランド』を観た!
原題:『LA LA LAND

女優になりたいという想いで、
“ハリウッドの地”に足を踏み入れたミア。

ホンモノのジャズを伝えるべく、
“ハリウッドの地”に根づくセブ。

2人は出会うべくして出会い、
道を切り開いていく。


運命のような強烈な引き寄せは、
お互いの未来になくてはならない存在。


夢の地で、痛感した現実。そして、

何にも代えがたい、巡り合わせ。

人には夢がある。
その夢が、現実的か、非現実的かなんて、誰にもわからない。
成功するか、失敗するか、誰にも知れない。
ただひとつ、想い続けていれば、道が開けるということ。

挑戦したこと、努力したこと、夢中になったことは、
未来の選択肢を広げる。
叶えたいという気持ちが、頭を働かせ、足を動かすから。


私事だが、いよいよ30代がさしせまった私。
当然、周りの友達も、30歳になるわけだ。

いろいろな人生があって、面白い。
小学校からずっと友達をやっているからに、
同じレールを通った部分もあるのに、全く別の結果をなしている。
それぞれが積み重ねた、軌跡。
そしてその価値は、本人のみぞ知る。


「いよいよ30歳だけど、どうする?」みたいな話しをしながらも、
ふと最近感じることは、
みんなほどよく丸まってきたなあ、ということ。

ここ1年で6キロくらい体重が増加し、
今まで履けていたスカートがキツくて具合が悪くなるほど、
体型が丸くなってきた・・・という話ではない。

“選択”が丸くなってきたんだ。

同時に、中学生の頃に読んだ、漫画家・武井宏之
代表作『シャーマンキング』の1シーンを思い出す。

「大人になるとある日ふと誰もが気づくんだ。
頭上にせまっている自分の限界とも言うべき天井の存在にね。」


少年漫画に、こうした大人ならではのアイロニーみたいなのを盛り込んでくる
武井宏之のセリフのチョイスがとっても好きだな。
もちろん、読んだ当時、どれほどそれを解読できていたかはわからないけれど。


大人なら誰もが痛感するような、セリフ。
といって、紹介しておきなら、
実は今の心境は、それとは違うんだ。

それぞれの夢を見ながら歩いてきた友達も、
同じような心境になっているらしい。
この間、格好つけてウイスキーバーで語らった時、わかった。←大人ぶりすぎ(笑)

「なるようになるよね」という、前向きな気持ち。
それは諦めとも、タテマエとも違う。
自然とわきでた、まあるい想い

あそこまで登り詰めなきゃ!
歩みを止めちゃだめ!
結構ハングリーな精神で、ガウガウしていた時期もあったと思う。
負けず嫌いでありながら、他人と闘うことは苦手。
一方で、怖がりだから、他人に噛みつくことだってあった。

「ダメかもしれない」という弱音を押し殺して、
やりきってやるよおりゃー!みたいな気持ちで、ガウガウガウガウ

そして、誰かに、何かに阻まれたり、
自信をなくしたりすればするほど、
自分がとんがっていくのもわかった。
おそらく、25歳あたりから、人生最大級の反抗期が訪れた(遅)。

何よりも、道を見失う要素。
年齢を重ねるにつれて、ひとつのところにとどまることが恐くて仕方なかったし、
負けを認めることも、失敗を味方にすることもできなくなっていた。
周りのことが全て回りくどくて、人生を急いでいた。
広がるはずの未来が、どんどん狭まっていく恐怖。

でも今は、未知に思えた大人の社会も、
お金の世界も、未体験だった感情も、いろいろ経験して、
「まあこんなものなのね~」と、どこかで納得したのかもしれない。

それこそ、天井に気づいたのではなく、
もともと見えていた天井のその先を、見よう見ようとしてきたけれど、
天井裏を見たのか、天井にそれほど魅力を感じなくなったのか、
いまある自分のフィールドに価値を見出すようになってきた。

狭いと思っていた部屋も、実はそんなに悪くないんじゃないかなって。
住めば都というように、自分の部屋は存外、快適な空間だった。
たんと遊んだし、たんとぶつかった。
足るか足らぬかは、私だけにしか計れないけれど。


フィールドというと、ちょっと大それたものに聞こえるかもしれない。
せいぜい、手に入れた手札と言うべきかな。


もともと、努力や鍛錬が、そうそう得意でなかった私は、
ちょっとやそっとのことで自信をなくしやすい。
もちろん想いが強い時期には、
「努力や鍛錬」なんて知らずに、夢中にやっていたこともあったけれど。

でも一度道が見えなくなると、
極度な負けず嫌いが理由なのか、
興味をもつ対象が広いのか、
気が散りやすいのか、
次々と求める路線が変わってきた。

ある意味では、「夢、敗れたり」。
ある意味では、「新しい道、見つけたり」。


行動すれば、叶うという経験もたくさんしたけれど、
けしてほしいものが全て手に入ったとも言いがたい。
(30歳目前で言うのも、ちょっとおこがましいけれど。)

でも、それはひとつも回り道や無駄足であったわけではなく、
全てが必要な通過点だった。
人生で使命感を見出してしまう人もいるけれど、
そうまで言わなくても、カチカチカチッと組み合わさっていく。
「なるべくして、なったのだな~」という充足感。
「あの時ああしてれば・・・」と、
起こらなかった未来を思うかもしれないけれど、それはそれ。


『ラ・ラ・ランド』の話に戻ると、そういうこと。
無我夢中で駆け抜けること、
失敗を繰り返すこと、
唯一だと思って選ぶこと、
一方で手放すこと、
全部があってこその、人生。

全てを手に入れることはできないかもしれないし、
できたとしても、その過程で捨ててきたものもあるかもしれない。

でもある時点に立った時、
「ああ、私の人生は、こういうことだったね」と充足感に満ち足りたら、
全ての出来事と出会いに、ありがとうと言えそうだ。

もちろん、定めた目標に向かって、
突き進み続けた人こそが、勇者なのだけど。



新鋭監督、デイミアン・チャゼルの登場だ。
本作で、アカデミー賞監督賞を受賞。
映画界に歴史を残す監督か否かは、今後の作品によると思うけれど、
何か一縷の光みたいなのが、見えたように感じる。この先にワクワクする。

アカデミー賞のまさかのトラブルで、
結果的に作品賞を逃してしまったけれど、まあそれはそうよね、という感じ。
(授賞式で、しかも作品賞で、
受賞作品発表間違いがあったという歴史的トラブル。
その授賞式を、久々に生放送で見れたのは、ある意味ラッキーかも。)

ただ、『ムーンライト』よりは、映画的に優れていたとは思う。
もちろん扱ったテーマが、『ムーンライト』の方が時代に沿っていたといえばそうなんだけど、
だからこそ『ムーンライト』は、ちょっとした一押で選ばれやすかった作品。

『ラ・ラ・ランド』は、それこそ作品賞を受賞した『アーティスト』のように、
どうして今この時代に!?
でも今の時代にありがとう!!

と思えるようなタイミングだった。
『アーティスト』ほど、歴史的な作品とは言えないけれど、
“今の時代とずれている”からこその、今の時代の映画と言うか。


個人的には、同監督デイミアン・チャゼルの『セッション』の方が、
映画史の一角において、
センセーショナルな作品だったと思うけれどね。
『セッション』で、作品賞をもらっていたら、最大級に納得だった。
『ラ・ラ・ランド』でもらったら、“早すぎる”かもしれない。


早すぎると言えば、本作で好演したエマ・ストーンもそう。
すごく魅力的だったし、歌もダンスもうまかったけれど、
もし彼女が今後映画界を牽引するというなら、
まだまだ主演女優賞は早かったし、逆に“天井が見えた”ようにも思った。
これは、ジェニファー・ローレンスにも言えることだけれど。

それでも夜は明ける』のルピタ・ニョンゴのように、若くして受賞とは、違う。
女優人生において、“彼女の代表作と言える作品かどうか”が重要で、
エマ・ストーンもジェニファー・ローレンスも、もうひと踏ん張りの末に受賞すべきだったかな。


ライアン・ゴズリングは、久々に好感度の高い役だった。
(どうも苦手な顔で、その割にナルシストであんまり好きになれない・・・。)

夢を追うか、愛を掴むか。
男女問わず、悩ましい選択。
その末、愛をつかもうと、堅実な道を選ぼうとした。
ろくでもない男性を良しとする作品が多い中で、
(なぜなら圧倒的に男性監督が多いから・・・なんてフェミニスト発言)
彼の選択は、女性目線では評価が高いだろう。

堅実な道を選ぶことと、
夢を追い続けることを、
同時並行で歩めないのは、
実によくできた世界だわ。

あいにく、ミアのためを思った選択は、
彼女の不安と失望を助長させてしまうんだけどね。


こうした絶妙な葛藤は、長年このストーリーを温め続けていた
デイミアン・チャゼルの経験の反映ではないかな。

もちろん、プライドも感じられるけどね。
一時の出会いと別れが、お前の人生だって変えただろう?って。

なんて、まるで傲慢な男を思い描いてしまうけれど、
実際はその通りで、
最悪な出会いも、最高の出会いも、
経験や知識になるものなんだなって。

出会った瞬間に、
運命の人だと思ったとしても、
それが一生続く関係であるかは、定かではない。

でも強烈な出会いが、その先の人生に何かしら影響を与えることはあるはず。
そういった意味では、
誰もが強烈な出会いを求めて、
外の世界に繰り出すべきなのかもしれない。

時には誰かに支えられ、裏切られ、互いに連れ添う。
ついて離れて、結んで切れて・・・。
人の人生が、人だけで成り立っているわけではないけれど、
人との出会いが人生を形成すると言っても過言ではないと思う。


やけに話が壮大に、熱くなってきた。
でもそれは、映画冒頭を飾った
ノーカットのミュージカルシーンの音楽
Another Day of Sun』を聴いていることが理由。
ひたすら言葉や想いがあふれてくるな。
素晴らしいオリジナル曲!!

映画はやっぱり、開始10分が制するね。
(と、語ったギャザリーの執筆記事が、
まとめサイト糾弾のあおりで、消されている・・・。
審査の末、二度と復活しないのだろうか・・・。
新規投稿もいつの間にやらできなくなっているな~。)


いつもクリックありがとうございます!
ランキングに参加しています。少しでも共感や参考になりましたらポッチリ願いますっ★
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ にほんブログ村 映画ブログへblogram投票ボタン
拍手もありがとうございます!励まされます!

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 陽面着陸計画, All rights reserved.