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この物語は、終われない。

ほびっと けっせんのゆくえ

IMAX 3Dで『ホビット 決戦のゆくえ』を観た!
原題:『THE HOBBIT: THE BATTLE OF THE FIVE ARMIES

悪竜スマウグに、財宝もろとも、
故郷エレボールを奪われたドワーフたち。
しかし悪竜の逆鱗に触れ、スマウグが近隣の町を襲う間、
ドワーフの王トーリンは、ついに財宝を手中に収める。

悪竜がエレボールから解き放たれた時、
世界はまたたくまに激動する。
欲が、世界を支配するのか。
この物語はファンタジーではない。
これは、普遍的な、逃れようのない、人類の“迷”


『ホビット』3部作、最終章。
ホビット 思いがけない冒険』で駆け出し、
ホビット 竜に奪われた王国』で頂きに立った後、
本作であまりに消沈する。
これで終わりだなんて、
これで終われないなんて、あまりに辛すぎる。
最後を、見届けよ。
あなたは何を、感じるか。

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はなれ山近くに位置する町:エスガロス。
ほびっと けっせんのゆくえ
スマウグの襲来に、火の海と化す。
人間たちは再び故郷を失う。

その間、エレボールに鎮座するトーリン。
ほびっと けっせんのゆくえ
財宝の毒気にさらされた彼は、人格を失っていく。
王としての権威を示すアーケン石
トーリンは財宝の中から探し出すよう、仲間に指示する。

ドワーフたちは、次第にトーリンへの失意を募らせる。
しかし彼らは義理難い種族。簡単には王を裏切れない。

その中で、共に旅をしてきたホビットビルボは、
トーリンが正気に戻る手立てを模索する。
ほびっと けっせんのゆくえ
なぜならビルボにとって、トーリンは・・・――――。


機が熟し、時が満ちる。
ほびっと けっせんのゆくえ
長らく変動のなかった均衡が、遂に揺らぐ
怒号が空を切り、大地が踏み荒らされる。
世界は待っていた、戦いの時を。
事は、ドワーフたちの故郷奪還にとどまらず。
多くの種族が、富と権力とを求め、血戦する。

ビルボが見た、この旅の末路。

生き残ったのは、物語るため?


どうしても納得がいかない。
それはきっと、連作や長い物語が終わることへの、
不満がそうさせるのではない。
物語が終わるのは、大嫌い。
でもこの物語は、『ロード・オブ・ザ・リング』へ続く。
だからそこへの不満は生まれ得ないんだ。

しかしひとつの幕が、閉じる時。
心に残ったものが、こんなに虚しくてはいてもたってもいられない。
原作がどういったテーマに行き着くのか、読んだことがないから知れない。
もし原作通りの終着点なら、
映画は映画で、もう少し“希望”がほしかった。

観る人みんなが、どう思うかわからない。
1シーン、1シーンを分割して考えれば、
もしかしたら美しくて、
心温かく、ラストを迎えられるかもしれない。
しかし、総括してみるとどうだろう。
この物語全体を俯瞰してみるとどうだろう。
ほびっと けっせんのゆくえ
バッドエンド、ではないか。
多くの人に観てもらって、みんなにどう感じるか考えてみてほしい。
私だけひとりでこんなに深刻になっているんだろうか?

『ホビット』で終われないのはわかっている。
でもこの物語が、行き着きたいテーマは本当にそこなのか?
私が単に悲観的になっているだけだろうか。
ただただ、寂しさを覚えているだけだろうか。


『ロード・オブ・ザ・リング』でも思ったこと。
スケールがでっかくなればなるほど、
心がちょっと映画から離れていく。
3部作目にして、わんさかエレボールに向かって
多種多様な種族が結集してくるもんで、
その規模、展開は、のったりする。
ホビットとドワーフが、ちまちませっせと活躍していたのは2部までで、
途端彼らだけではどうにもならない、
漠然とした世界が押し寄せてくる。

1部、2部と、
小さな彼らにあてられていた焦点は、
実に細かで、手に取るようにわかるほど、
彼の心情が上手に描かれていた。

しかし3部となると、やるべきことがえっらい増えたのか、
心情の表現がやけに抽象的になって、
なぜそこに行き着いたのか、理解に苦しかった。
動くキャラクターの数が増えたことで、
停滞しているキャラクターが現れてしまうし、
物語の展開のためには、時間的に、距離的に、
ありえないスピード感
が生まれたりもしていた。

1部と、2部へ、
3部の物語をもう少し分配した方が良かった?
(せめて竜については、2部で全部終わらせた方が良かった・・・。)
配分にミスがあったんじゃないかと、しょんぼりしてしまう。
あるいは145分の作品じゃなくって、
この際165分とか、185分とかにしちゃっても良かったんじゃ。
や、そんなことしても、“消沈感”は癒えないけど。

そうなんだよ!!
私はとっても、くさくさしてる!!!
ほびっと けっせんのゆくえ
好きとか嫌いとかでもなく、良作とも駄作とかでもなく、
ただなんか、理想と違うテーマが辛かったんだよ!!

それについては、このあとじっくり語ることにして、
観るべきか否かなら、
1部、2部ちゃんと観て、
3部を映画館で観ておこうか!!

少しでも共感や参考になりましたらポッチリ願います!
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レビューはまだまだ続きます。お時間あればこの先もどうぞ!
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! 以下ネタバレあり !











映画を観終わった後の、
がぃーーーーーん感
だってあまりにも、手厳しい物語なんだもの。

『ロード・オブ・ザ・リング』を通して、
共通するテーマと言えば、“欲”

ビルボが手に入れた指輪にしろ、
トーリンやエルフ、オークが求めたアーケン石にしろ、
エレボールの財宝にしろ、
全部が全部、それを手に入れたい、
所有したいという欲がすべて。

そしてトーリンは、それに眩んで、
王としての品格を失うところであったし、
ほびっと けっせんのゆくえ
エルフ王スランドゥイルは、
息子の心を繋ぎとめることができなかった。

結局、大決戦の“終結”は、
映像的にうやむやになったけど、
オークたちもその欲望だけで突っ切って、
茶のラダガストや、灰色のガンダルフがなんやかや根回しした
動物たちの力で大敗させられた。

そのテーマは、それで良いんだ。
欲は身を滅ぼすよねって。争いを招くよねって。
目の前にある欲望を消化するがための行動は、
その先の未来に必ずしも良いものをもたらさないよと。


でも気になったのは、
その欲をひた隠しにした者
勝てない争いに背を向けて逃亡する者を、
庇護したような終わりにも取れたこと。
ほびっと けっせんのゆくえ
ビルボは、戦いを好まない種族でありながら、
ドワーフと共に戦ったわけだけど、
ガンダルフと同じように、どっちつかずで傍観する立場でもある。
ドワーフは友達だから守りたいけど、助けたいけど、
事の結末はどうなろうと、“自分の世界”には関係がない。
ビルボには常に、“帰る場所”がある。


事を終息する力がないのであれば、
事を起こすことなど、ハナからやめるべきだ。

ほびっと けっせんのゆくえ
理想を求めた者たちは、勝手に潰える。
追うなかれ。現状を受け入れろ。

うやむやに、戦いに参戦した人間たちは、
結局、何に涙したか(戦死した人間のことしか思わずに)、
ある意味では多くを失わずに、棚ぼたで町の再建費用を得たと思う。
黒澤明監督の『七人の侍』のように、「勝ったのは百姓だ」的な気分。

何これ。
欲望と理想は確かに近いものかもしれないけれど、
現状を変えていきたいという気持ちすら許されないように思えて。


“愛”においても、そうで。
せっかく『インターステラー』で、
愛は距離も時空も概念も超えるってことを
教えてくれたと思ったのに、
この映画では、「つらい愛こそ、本当の愛だ。」と。
好きなら追っても良いけど、
ただつらいだけだし、身を滅ぼすよって。

種族を超えた愛を求めた、ドワーフのキーリと、
エルフのタウリエルは、最悪の最後を遂げた
タウリエルがキーリを追わなければ、
キーリがタウリエルの身を案じなければ、
ふたりは、別々の道であろうとも、生きていけた。
別々の道など、意味はないと言えるかもしれない。
自分の気持ちに嘘はつきたくない、隠したくない。
それが“生きる意味だ”というなら、それはそれで良い。
でも、愛を求めた先に、希望はないよとでもいうような。
ほびっと けっせんのゆくえ
だったら、叶わぬ愛なら、運命が阻む愛なら、
この気持ちを隠して、
“生きる選択”をすべきなのだと。


ガンダルフも、エルフの最も高貴な人:ガラドリエルを、
気持ち悪いほどすっごい愛してる(たぶん)けど、
絶対にその気持ちを彼女に伝えることはない。
それが身の破滅を呼ぶと、ガンダルフは知っているから。
そして、諦めているから。
追わないままで、時々、会えて嬉しいが丁度良いとでもいうような。
手に入らないなら、遠め目で見て、愉しむんだ。
手に入れようという、欲は一切捨て去るんだ。
それが人生において堅実で、うまくやってく秘訣だと。


フィーリがアゾグにあっけなく殺された時も、そう。
ほびっと けっせんのゆくえ
フィーリの死が、キーリとトーリンの死を招いた。
それがアゾグの作戦だけど、
物語的に、この3人が死んだことに、どんな意味が??
百歩譲って、トーリンの死はあって良しとしても、
フィーリとキーリが何をしたってんだ。
や、キーリは千歩譲って、“叶わぬ恋”をしたから死んだってんなら良しとして、
フィーリが何したってんだよ!!!!
フィーリなんて、ただの死に損だよ。
家族愛すら、人生の迷い事ともいうようだ。
トーリンの選択がゆえの、余波なのか・・・?


何これ。絶望だよ。
欲どころか、希望も理想も持っちゃいけない。
持たない者が、多少虚しさはあっても、生き残る。
いつの時代も激情させた者だけが、滅んでいく。
静かに、暮らそう。
変化を求めず、欲しいものを求めず。
1部の『ホビット 思いがけない冒険』 で抱いた夢は、殲滅


こんなに、揚げ足をとる必要はないよね、わかってる。
暗く物事をとらえ過ぎだよね、わかってる。
でも誰が、こんな終わりに満足するだろうか
悲壮こそが、芸術の美学。
悲観こそが、人生の哲学。
でもそんなの、希望を持って臨んだファンタジーに、
入れほしくない要素だよ。

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映画の要素的に、
愛に迷えるキャラクターは好きくない。

キーリは、2部でのケガの影響もあってか
モタモタ感もあったけど、
やっぱり恋すると途端つまんなくなる。動けなさすぎ。
そんなわけで、1部、2部に比べるとキーリ熱が下がったけど、
ほびっと けっせんのゆくえ
やっぱかわいいわぁキーリ
フィーリ、キーリが死んだ後も、
「あとで生き返るんでしょ(・ω・)」って楽観してて(なんで)。
結局死んだとわかって、
キーリに対しては悲壮感しか抱かなくなったけど、
ほびっと けっせんのゆくえ
やっぱかわいいわぁキーリ
タウリエルとの種族的身長差の所為で、
キーリがいちいち上目遣いになっているのが問題だと思う(最高)。

エイダン・ターナーは、この役で一躍脚光を浴びたわけだけど、
今後もいろんな役に挑戦して、長くがんばってほしいなぁ。
どうしても、このテの映画では、そのイメージが強すぎてしまって、
その後伸びる人が少ないように思うんだよね。

エイダンの今回の演技(ていうか表情)観て思ったんだけど、
困った眉(眉間を持ちあげる)して、
照れ笑いする感じの人だめだわ、弱いわ
加えて、エイダンは声が良いからなあああ。
たいしたシーンじゃなくても、反則技が飛び出してきて、避けきれない。


今作を何が何でも観たかったのは、
やっぱりこの方がため。
ほびっと けっせんのゆくえ
エルフ王:スランドゥイル、リー・ペイス!!!!
このシリーズを通して、毎回毎回大々的に取り上げてるけど、
リーペイ、イケメンだよ!!大好きだよ!!

今回は、堂々エルフの森から、はなれ山まで参上。
距離感忘れたけど、お早い到着であった。
まるで、『もののけ姫』のしし神のような動物にまたがり、高貴に登場。
でも、ガンダルフに小言言われる時には、
ちょっとムスっとしたりして
今回は高貴だけでなく、ちょっと実は“足りない”感が、
かえってイメージアップだったりした。

自ら戦いにも繰り出して、二刀流で華麗に乱舞。(一方は杖?)
前にこの映画のメイキング映像を観たことがあったんだけど、
美しく長い髪と、裾の長い衣装、長い剣を、
鮮やかに扱ってクルクルと回る姿は、エンドレスで観ても飽きないだろうと思って、
早く早くこの映画が観たかった。
久しぶりにフェードアウトも、死ぬこともせず、
リーペイを最後まで楽しめたのはよかった。

とはいえ、物語的にはフェードアウト感もある。
「それが本当の愛だ」と、スランドゥイルに言わせて、それで終わったし。
私はてっきり、トーリンの亡骸に会いに行くと思ったんだよ。
なぜ、トーリンとスランドゥイルは、
何も解決されないまま終わったの。

ドワーフとエルフの関係は、次世代までお預けだったとしても、
映画的にはなんかこう、
「最後は王らしく散ったか。」的なことをさ、スランドゥイルに言わせてよ。
もったいぶったトーリンとスランドゥイルの関係は、
勝手に期待した観客の負け、とでもいうように収拾されず、
ぼやっとして終わった。超ショック
ほびっと けっせんのゆくえ
収拾する役目を与えられなかったスランドゥイルは、
結局映画的に、浮いた役柄にもなってしまった。
自分の選択が、エルフの気高き戦士たちの多くを失わせたことに、
胸を痛ませるような“人間的”な部分も見せたけれど、
それが物語を左右させるような展開は生まなかったし。

息子のレゴラス(オーランド・ブルーム)との関係も、
もやもやっとして終わったよね。
ハナから上手くいってない2人が、
最後まであんまり上手くいかないままで終わったっていうか。
スランドゥイルの妻であり、レゴラスの母であるその人は、
一体どんな死を遂げて、2人の間に亀裂を走らせたというのだろう。
もしかしたら、スランドゥイルも愛を選択したことで、
失ったものが大きかった
んだろうか。
だから、息子には愛を寄せないと誓ったんだろうか。
失うつらさを、二度としたくないから。
ここは原作を読んで補うしか方法はないのだろうか。
この際だから、レゴラス人気だし、
エルフだけでスピンオフ作っちゃおうよー。

結果的にスランドゥイルは、
ほびっと けっせんのゆくえ
ただカッコイイだけ損でした私は損してない)。
なんでこんなにカッコイイんだろう、カワイイんだろう、
素敵なんだろう、意味わかんない。

それでいて、やっぱりとっても、
ロバート・ダウニー・Jr.に重なるんだよ。
顔似てる?横顔は、顎の突き出し方ちょっと似てるかな。
ほびっと けっせんのゆくえ
この顔もたまんないんだけど。
鼻に力が入っている感じ。歯を食いしばる感じ。
この演技がロバダニに似てるんだよなあああ
はぁ、リー・ペイスと結婚したい(妄言)。


トーリンはすっかり落ちぶれた。
というか、表現方法に問題があったんだと思う。
ほびっと けっせんのゆくえ
すっごい混迷したくせに、
立ち直る時は自力すぎて驚いた。

財宝がわんさか眠る地下へひとり降りて行って、
そこで、「(あー自分、欲に駆られてるわ~)」って気付ける!?
気付けたことこそ、王の明かし??
やっぱ、誰かに殴られるだとか、ひっぱたかれるだとか、
誰かに手をかけちゃうとかで我に返るとか、
よっぽどなイベントが発生しないと、2部から引っ張ってきた意味ないでしょ・・・。
あの場で、ちゃんとビルボの言葉を思い出せるものなのかな・・・。

さらには、その溺れていく時の表現が、すっごい陳腐。
誰かはそれを、ヒッチコックのオマージュだとかいうけど、
なぜ今それをするって思う。
心の迷いを、途端抽象化したのが、3部の大失敗。
そしてあまりにも、あっけない解決。
もう完全に、観客の心はトーリンから離れたわ。
(ダークサイドになってるトーリン、めっちゃ素敵だったけどね


とはいえ、彼の死に目に駆けつけることのできた、ビルボ。
ほびっと けっせんのゆくえ
物語の落とし所としては、無理やりな感じもあったけど、
トーリンとビルボの関係だけは、ちゃんと修復できてよかったね。

原作『指輪物語』には、主人公っていないの・・・?
『ロード・オブ・ザ・リング』も、最初フロドが主人公かと思ってたら、
最後はアラゴルンが主人公みたいな感じになったりするし、
本作は3部の途中までビルボありきだったのに、
良いところで気を失っちゃって、なんでやねんって思った・・・。

しかしなんというか、フロドを演じたイライジャ・ウッドには
年齢的な理由も含めてでき得なかった、
マーティン・フリーマン主演に足る演技、見事だった
トーリンが息を引き取る前後の演技、
結構アドリブ入れてきてると思うんだ。
飛び出すセリフや動きが、その発想が“ビルボ”すぎて、
マーティンの底力、見せたり!!!って感じだった。
フィーリ、キーリ、トーリンが死んで、
なんだか映画的にも「(終わった・・・)」感あったけど、
そこをマーティンが、演技を以って拾いに走ってくれたようだった。

ビルボは最後の最後まで、指輪の存在を隠そうとした。
“お見通し”だったガンダルフにも、
「戦いのさなかで見失った」と、正々堂々嘘をつく。
ガンダルフは、“指輪を手放した”マーティンの強さを褒めた。
でも実際は、すっかり心をとらわれ、
ガンダルフにすらも、用心していた。

老いたビルボは、イアン・ホルムが演じる。
『ロード・オブ・~』1部の『~思いがけない冒険』の冒頭でもイアンが演じているけれど、
マーティンとイアンはよく似ているなぁと思う。
それが、純粋に顔だけでなく、
マーティンがイアンに演技を寄せていることも好感度が高い。
ポケットから指輪を取り出して、笑みをこぼさずにはいられないビルボ。
あの邪悪な表情(横顔)は、この物語全体を暗欝に包む。
やっぱり到底、晴々とする作品ではないんだね。

ピーター・ジャクソン監督、
『ロード・オブ・~』に続き、さらなる『ホビット』3部作、お疲れさまでした!
ほびっと けっせんのゆくえ
(それにしてもレゴラス活躍しすぎだったよね~!?)
3部は、『ロード・オブ・~』で苦手意識を覚えていた作風が、
再発したような感じで、どうも心から寄り添うことはできなかったなぁ。
(脚本のデキにもよると思うけど、流れ的に良しとしたのは監督だと思うし。)

音楽も続投で、ハワード・ショア
気持ち離れていたので、1部2部程、
主題歌も映画内音楽も、ピンとこなかったなぁ。

いろいろ、個人的に、
世界観へのテンションが保てなかったのが悔しい!
とはいえ、3部作をちゃんと、
IMAX 3Dで観切ったっていう満足感はあるよね。
この作品に、心から乗っかろうとし、
少なくとも1部と2部は、本当に楽しめたのだから!!
エルフのスピンオフ(リー・ペイス主演)、待ってるよ!!

というわけで、
本作が2014年映画館鑑賞、観納め!!
今からようやく、2014年の映画総括を書くわけで、
年内に書き終わるかどうか、
私の“決戦のゆくえ”をご期待ください。

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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画





なるはさんの感想楽しみにしてました!

私は原作読んでて、まあ、残念な映画でした。

原作にはキーリの恋はありませんが、トーリンを守ってフィーリとキーリが死ぬのは同じです。

キーリの恋が大きく出てきて、雰囲気が変わってます、
映画を商業的にヒットさせたいとなると、こうのような改変になるんだなあというわけで、私はつまらなかった。

人間の欲が高じるとトーリンみたいになり、さらにスマウグになってしまい、そして最後には大戦争です。

ガンダルフは原作ではビルボの長所について、もっと言及していますし、貴重な存在だと言っています。
ビルボのような宝に心を動かさない人間がどのくらいいるか。
さすが、トールキン、テーマは普遍性があり、この話は好きです。

結局この映画の印象が悲観的でも、大丈夫。
「インターステラー」という映画があります。

人間の生き方のいろいろな面を表現している、いろいろな映画があるので(そういうこともあると、参考にはしても)、
自分の気に入った面だけをピックアップして自分に取り入れる、自分のエネルギーにする、それでよい。
私はその結果見る映画をかなり、少なくしてしまってるのですがね。
「インターステラー」は見る価値ありそうですね。


【2015/01/01 08:56】 URL | マーマレード #-[ 編集]

>>マーマレード さん

こんにちは!!
あけましておめでとうございます!!
(メールの方はあとでお返事させていただきます!!)


やっぱり、先に原作を読んでいると
ほとんどの作品は映画化でげんなりしてしまうものですね・・・。

“ビルボのような宝に心を動かさない人間”
もう少し、この点をほりさげてほしかったですよね。
むしろこの辺りは、原作のファンや原作を読みこんだ制作側しか理解されておらず、
観客にとってはわかりづらい部分になってしまっていると思います。
制作側は、知らない人の視点を見失いがちですよね。

『インターステラー』はとってもよかったですよ!!
押せ押せのエンターテイメント作品でもありますが、
それ以上にテーマ性が詰まっています!!
【2015/01/04 11:39】 URL | なるは #-[ 編集]















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