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【陽面着陸計画】映画知ろうとレポ!今日は何の、映画を観る?
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観ましたか?読みましたか?
天使と悪魔』!


公開日の5月15日に映画を観る
直後3年ぶりに原作を読み返す
そして再び映画を観直した本日。

そうして見えてきたこと。

てんしとあくま

より証拠」の
 ブラウン(原作者:ダン・ブラウン

より意味」の
 ハワード(監督:ロン・ハワード

まだまだ熱が冷めやらぬ本作。
原作と映画共にネタバレ必至で語り明かします!!

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当ブログを含め、
映画『天使と悪魔』を絶賛する人もいれば、
イマイチな反応の人もいる。
かと思えばメディアは良くも悪くも騒ぎ立てる。

私がなぜこんなに絶賛するのかと言えば、
何よりこの作品の世界観が好きなんだ!
歴史が語りかけてくる感覚
本作大好きな私が語りますので、そのへんはご理解を

映画と小説は当然ながら比べられる。
てんしとあくまてんしとあくまてんしとあくま
映画観て、原作で確認して、さらに映画で認知した!



初観。観終えての感想。
すっごいおもしろいっていうか、
もう音楽映像最高にイイんだけど、
原作とちょっと違うようで、
でもどこが違うんだっけ??

3年前の活字を覚えるのは私には難しい…!
映像や音楽なら得意なんだけどな。
だから鑑賞後の映画レポも、
本筋に触れる勇気がなかったのでした…。
なんか私にはその資格無いなって気分に

早速原作を読み返すと、
映画と全然違う!!

マクシミリアン・コーラー!!
いたいた、こんなキャラいた!!
レオナルド・ヴェトラ!!
ヴィットリアのパパ!!いたな、そういや!

その他にもBBC記者とカメラマンの存在!
映画では全く描かれなかったシーン
逆に描かなくて良かったシーン

映画も原作も、どちらも秀作なのでした。
しかし映画の方を若干評価したいのは私だけかな?
まぁそのことについてはまた後で。


今回はそうした、
原作と映画の違いを探すためだけに
原作を読み返したのではありません。
尺の都合で映画では描き切れなかった、
キャラクターの心情やいかに!!を探る
が本意です。


一番の焦点は、映画でユアン・マクレガーが演じた
カメルレンゴ(カルロ・ヴェントレスカ)
   てんしとあくま
どこまでがカメルレンゴの意中だったのか。

映画の途中で…もしくは配役で
彼が真犯人だと気づいた人が多いみたい

私はというと、
リヒター隊長が教皇執務室にやってきたシーンで、
「銃を持ってる!」とか「イルミナティだ!」って
カメルレンゴが叫んだシーンくらいでやっと、
映し方がわざと変だったから気づいた(遅)
それくらいユアンが演じる役柄を信じてたと言うか(笑)

配役で気づいちゃったなら話は別だけど、
映画の途中で気づくのは当然アリな話。
だって伏線がまるでないのに突然真犯人でした~の方が、
うすっぺら~い脚本になりかねないから。
ただ正直、執務室以前の伏線が実に気づきにくい…!
周りのキャラクターが悪人面多いから余計!
キャスティングはうまかったな~って思う
ただそのお陰か所為か、
カメルレンゴの前兆が読み取りにくい。

イマイチ映画では腑に落ち切れなかった、
彼の思惑意中
原作を読んで、今回このヴァチカンを陥れた一連の事件を
カメルレンゴがどれだけ掌握していたのかを考えてみた

①ロバート・ラングドンの分析力
②ヘパリン過剰摂取による故教皇の徴候
③反物質の隠し場所と破壊力
④自身の命の危険性
⑤教皇への選出


カメルレンゴが描いたシナリオ。
大昔の恐怖をよみがえらせる。そして打ち砕く。
恐怖と希望。
そして人々を信仰へ立ち返らせる。


そのために、恐怖をこの上ないレベルに引き上げる。
教皇の死。
枢機卿4人の誘拐と殺害。
反物質によるヴァチカン壊滅の危機。
全てイルミナティ(科学と悪魔)による復讐。


①ロバート・ラングドンの分析力
ラングドン教授の存在は、
ある意味、歴史と解釈と語り部。
恐怖を煽るには必要。


記録保管室の電力を落とされたのは、
ただのスイス衛兵のミスだったのかなって。
このエピソードを物語に組み込んだのは、
原作のオリヴェッティ隊長、映画のリヒター隊長を
犯人であると思わせる製作者側の意図。
また、イルミナティの驚異の潜在力。
内部に犯人がいる可能性を示唆するため。

よってラングドンの登場は予想外だったと思われるも、
利用価値のある存在だった。
①…掌握○


②ヘパリン過剰摂取による故教皇の徴候
「神」にとって危険な存在、科学。
それを認めようとした教皇は裏切り。
神と自分への偽りを赦せない。
「教皇殺害」こそ、恐怖。
しかも誰にもの手に掛けられない存在である教皇が、
イルミナティの内通者により殺された。
「殺された」証拠が必要。
口腔粘膜の出血という徴候は、知っていた。
故教皇の墓を暴く気は満々だった!

偶然にもヴィットリアがヘパリンの副作用を知ってたから
カメルレンゴ自らが話を振る必要がなくなった。
もしヴィットリアがいなかったら、
自分で「じゃぁ殺害だったのか、確かめてみようか?」と
言っていたのかもしれない。
②…掌握○

③反物質の隠し場所と破壊力
反物質の驚異的な破壊力も、
カメルレンゴは存じ上げていらっしゃいます。
主犯だから当然、反物質の隠し場所も知ってる。

映画では時間がなくて、
「我この岩の上にわが教会を建てん!」と叫んで、
反物質の隠し場所が聖ペテロの墓と気づくのは
あまりに突飛過ぎた
これじゃぁ隠しに隠してきた真犯人が、
まんまとバレちゃいました…。

原作ではもう少し時間を掛ける。
カメルレンゴと神との交信。
神のお告げより救われたことを証明したいから、
「グラッツィエー、ディーオ!(感謝します、神よ!)」と叫びまくる。
正気の沙汰とは思えないようなカメルレンゴ。
そしてお告げ通りに反物質を探し出す。

事前にヘリコプターを呼ぶのも彼の思惑。
この辺は映画でも足早に表現してる。

対消滅による威力も理解していた。
これも映画でちょろっと話に出てる。
科学者でもあり司祭でもあった、
映画ではヴィットリアの同僚が、
原作ではヴィットリアの父親が、
教皇に接触したその場にカメルレンゴもいたから。
③…掌握○

④自身の命の危険性
映画を観る限り、
カメルレンゴの性格からいって
自分の生を懸けて信仰を広めることに努めていた。
目的を果たすために自ら死を呼んだとしても、
神のため、宗教の布教のために、命も投げ出す。
それが己の使命だから。
④…掌握○

⑤教皇への選出
狙ってません。
全ては神のため、宗教のために。
大義を成せたなら、その可能性もあるは思っていただろうけど。
⑤…掌握×

①②③④は考えの範疇で、
⑤だけは、「自分が選出されようとは」という純粋な驚きであったはず。
と…言いつつも。

原作を読み進めることによって、
何やら違和感を覚えてくる…。
本当に、彼の意中だったのか???
原作でも映画でも何か変だ。
何かにつけて驚いてる
それが「演技」だとしても、
それはあまりに芸達者すぎるような。

「神よ、道をお示しください。」

なんとも恐ろしい話、
正しくはまるで掌握していない!!!
①②③④⑤…掌握×


神に祈りと身を捧げれば、
何においても神が救ってくださる。答えてくださる。
そう信じた故の、無計画な策略。
つまり、
神の思し召しだからという範疇で掌握し、
神のみぞ知る計画の実行だった!!

自分が行ったことは当然知ってるけれど、
それがもたらす先のことは正しくは知らない。
全てが神の御心であるため、
全てにおいて救いをもたらすと信じていただけ。

そしてこの一連の事件全ては、
神がそうしろというからそうした。

原作のみに描かれる、カルロの実母の言葉。
「神さまはあなたについてすばらしいご計画をお持ちなのよ。」
神様は私を選んでくださった!!
選ばれし私は、神に仕えるのみ。


参りました
この映画には伏線なんてないようなもの。
首謀者が、この計画についてほとんど知らないんだから。

しかしそこには、
神に選ばれたという貪欲さもあるっちゃある。
原作では反物質と共にヘリコプターに乗り込もうとするが、
後を付いてきたラングドンもヘリコプターに乗り込んでくる。
「ひとりでてきる」
「ひとりでしなくてはならないのです」

結末を知ってると、
このカメルレンゴの強欲な言葉に爆笑。
完全に自分の存在に酔いしれてる。

映画ではヴィットリアが
反物質の容器のバッテリーを交換しようとするも、
時間が足りないことで諦めの発言をする。
その瞬間!
ユアン・マクレガーの絶妙な演技が光る!

本当に一瞬。
彼は確かに喜々的な顔をする。
「(やはり、私がすべきなのですね、神よ!)」的な。


神の声が聴こえる感覚と何なんでしょう。
信仰心がないから聞こえないのか、
度を超した熱意ゆえに、聞きたいと望むことが聞こえるのか。

昨今の犯罪者で、
「神の声が聞こえた」から人を殺したとかありますよね。
いくらでも、それを言い訳にできると思っているのか。
それとも行き過ぎたために、聞こえたと妄想したのか。

映画ではカメルレンゴと神の対話はまるで描かれない
原作との大きな違い。
表現の上で無理があるってのもわかるけど、
カメルレンゴが跪いて祈る姿や
ロザリオに口づける姿くらいしか映さない。

神との対話=不可思議で訝しい。
無神論の人なら一般的な考え方で…
というより独り言をわぁわぁ始めたら
誰でも異常に映るその姿。
原作では、結局カメルレンゴには、
本当は神の声が届いていないのでは?という雰囲気も漂わせる。
聞こえたのは、妄想。
宗教に対する、ちょっとした違和感が書かれてる。
そこがブラウン

この作品が優れているのは、
科学寄りでも宗教寄りでもないから。

だから談ブラウンは、あらゆる可能性を全て列挙する
信じたいこと、信じたくないこと。
語ってはいけないこと。語らなければならないこと。
そういったことは関係ない。
事実とその可能性と、
そして実際に居た、居る人間を、
現実的な眼で見定める。
それがとてつもなくおもしろいんだけどね。

対してハワードは。
多大な批判を恐れたのもあるかもしれないけれど、
それらを踏まえた上で「宗教」の意味を語る。
宗教は確かに希望でもある。
宗教があれば安易だろうが何だろうが、
救われている人がいるために価値がある。

この映画で伝えたいことは、
可能性や事実よりも意味と価値

科学があること。宗教があること。
どちらにも是があり、非がある
それが両立することこそ、人類のため。

ラングドンはヴィットリアに、
今後も素晴らしい研究を続けるように諭すし、
映画の最後のシーンは、
新たに選出された教皇の姿に、
民衆が歓喜の声を上げて終わる。
共に最高の形であり続け、
争うことなく融和することを願う。

及び腰のようで、一番正論。
原作よりも映画が長けてると感じるのは、
やっぱりそのテーマ性なんだと思う。

原作は、
どうしていつもこうして作品が成り下がるのか、
ゲンナリする男女観で終わるんだなぁ
上がりきったテンションが、ギュギューッと急ブレーキをかけられる。
この知識と歴史に溢れた言葉の数々が、
事故ってバラーッと散ってしまう

物語でなく、今なお続く、「宗教と科学」の争い。
原作でも、映画でもしっかりそれは描いている。
だからこそ、あるべき姿勢を示そうとするのがハワードだった。


だからこそ、原作を再構築した完全脚色に驚く。
よく本編をしっかり観た映画がTV放映する時、
なんでこんな大事なシーンをカットするんだよ!
思う時があるけど、
この映画版『天使と悪魔』も原作をカットカットカット!!
でも「テーマ」を念頭に置いているから、
素晴らしい再構築
論ハの成せる技だな~と感服した

再三、原作を読む前に映画を観よ!って言ったけど、
原作を読んだからこそ映画の観方が変わる。
だから一番良いのは、
映画をまず観て楽しんで、
原作を読んで再び違う作品として楽しんで、
映画を観直して「何で」違うのかを知る。


談ブラウンも論ハも、共に才能豊かな人たちだから、
両方を本気で楽しめるんだなと思った アリガトウ!

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尋常じゃないほど長くなってますが、まだ終わる気がしません…っ
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最終的に、なんとしてでも映画を推したい私です

今度は比較的映画を中心に。
まだ続くの?って感じですよね。
ぜひ2回に分けて読んでください(笑)


映画は2回目以降でも、
良作なら毎回発見がある。
特に今回は原作を頭に入れながら観たので、
本当に注意深く観れたな~という満足 楽しかった!

ミッキーの時計とか存在忘れてたけど、
なんでラングドンがつけていたのかとか。
そういうサブ・ストーリーでも楽しめたし、

映画の尺的に、
ここの謎解きにはもっと段取りあったな~、
映画のラングドン、
考える時間が短くて優秀だな~っていう
ちょっと残念ではあるけれども
知ってるからムフフな感じもあるし。

それから、映画のラングドンの描き方
原作では全編にわたりヴィットリアヴィットリア…って、
ただのスケベったれなオッサンやんけ!な
描写もあるんだよね…
頭の中ではラングドン=トム・ハンクスだから、
若干気持ちがわるい(失言)

映画のラングドンは、
ガリレオの貴重な資料を破り持ち出したことも、
「彼女がやったんだ!」とヴィットリアだけに罪をかぶせるし(笑)、
独身である理由というか、
あまり女性にそこまで興味がなさそうな感じ。
でも頭脳明晰という面では惹かれているようだけど。
それはある意味同類を見つけたような、
尊敬に値するような、人間としておもしろいというような。

ヴィットリアも性格からいってサバサバしてる。
年上の男性でやはり知的だから、
信頼感はあっただろうけど。
こういう二人が原作では、
最後にベットの上でやりとりしているってのは
正直萎える…
映画ではあんなにステキな関係だったのに。
何もないからこそ、友人のような、それ以上のような。
ダ・ヴィンチ・コード』の原作も驚愕だった、そういう意味で。

あとセリフの組み換え。
映画には原作の主要登場人物の一部が出てない。
原作の名前だけ借りたオリヴェッティは、
映画ではあまり大きな存在ではなかった。
色んなキャラクターを混ぜたリヒターは、
ツジツマ合わせが大変だったろうなと思うけど、
「有り得る」設定にしててウマかった。

そうして起こる、セリフの組み換え。
原作ではヴィットリアがラングドンに、
「神を信じる?」と尋ねる。
ヴィットリアも敬虔な宗教家だから。

でも映画では、
ヴァチカン記録保管所の入館許可をすべきか
カメルレンゴがラングドンを計るために尋ねる。
「神を信じますか?心ではどうです?」
「未だ授かっていないものです。」
あの、「(ふむ。なかなか興味深い回答だ。)」というような、
カメルレンゴの思慮する顔がたまらなく好き


映画鑑賞2回目で気づいたのは、
第2アンビグラム「air」を押された教皇と暗殺者が
オリヴェッティのアップが映されてる
オベリスクを挟んだ後ろを歩いてるのにはビックリ

最終地点、啓示の教会があるサンタンジェロ城を、
映画の序盤で車窓から一瞬映すとかも細かい。
エインターテイメントも貫いた映画だから、
遊び心も結構あったな~


カメルレンゴの思惑が明かされて、
コンクラーベに呼ばれたものの
招かねざる客という感じで扱われるシーン。

原作ではカメルレンゴが至った経緯と、
自分の行いがいかに正しいかを
事細かに説明するシーンになる。

でも映画では、
冷たい視線を送る枢機卿たちを目の前に、
悟ったカメルレンゴは無言で背を向けて去る。
論ハは尺が短くても、
その心情をカメラに捉えるのがホント上手!
例:『フロスト×ニクソン

おもしろいのは、
原作では無言で火に包まれたカメルレンゴだけど、
映画では絶叫してた
あ ハートにした意図は、
そのユアンの絶叫が耳に溶け込んだから 変態。
なぜ映画では絶叫させたのかな!
ちょっとここんとこだけ、論ハの意図を知りたい!
まぁ劇的な終幕って感じだけどね。
叫んだから、あ~終わったぁ!ってなる。

ユアンの演技は、やっぱり目覚ましい!
2回目ともなると、そういうとこにも集中できてイイな!
歌がウマイってイメージがあるからかもしれないけど、
セリフを歌うようにしゃべるんだね~っ
抑揚があって。訛りのある英語もステキ。

なかなか色んな心情を含んだキャラクターだけど、
注視すると微かながら(であるべきだから)、
その心中を読み取れる演技…!
実に際どい!うますぎる!!

焼き印が痛む中、反物質を求めてヴァチカンの丘を登る時、
下の砂に少し足を滑らすのも細かい。


ヴィットリア演じるアイェレット・ゾラーの演技も結構好きだな~。
後半はあまり魅せるようなシーンがないけど、
映画序盤の同僚の目玉を発見して
扉に体をぶつけたり、
目玉を避けて横歩きしたり、
ついに死体を見つけた時の脱力感がウマい!


シャルトランを演じたトゥーレ・リントハートも、
酸欠状態になった時のシーンとか上手い。
あの目のうつろ具合とか、ちょっと笑える。


そして音楽!!
サントラを聴き込んだ上での鑑賞だと、
あの曲がこのシーンに使われているってのを再確認できたから、
サントラにさらに深く陶酔できるっ
やっぱりとんでもない音楽だった。
もう、贅沢と言っていいほどの旋律。
特にエンディングクレジットのあの曲は、
映画館に残った者だけが知る究極の法悦 たまらん!


映画映画と熱くなって、
若干原作を否定しているようにも聞こえたかもしれません。

いいえ。原作もスゴいんです!大好きです!!
てんしとあくま
3年前の表紙…。映画仕様の表紙のがほしかったな…。
やっぱりその資料の収集力。
談ブラウンの分析力と展開力には完敗です!
この人の頭脳こそ、奇跡。

科学と神について、
どちらも唸るような正論が綴られています。
どちらも、やっぱりなくてはならないものなんだなと。

無宗教な私でも、
科学で自然現象を計算されるのは
実はあまり好きじゃない。
でも科学があるからこそ、人は長らえる。
もちろん使い方によっては破壊を呼ぶし、
摂理に従っていないとも言えるかもしれない。

でも、今や人間は科学の存在を知っている。
今さら科学を根絶やしにはできない。

そして神を信じることも、けして悪いことじゃない。
計算や言葉では説明できない出来事。
まさに「奇跡」は存在するし、
ましてや人間に宿る感情という産物。
計り知れないものがある。

談ブラウンが突破口を開き、
論ハワードが語り明かす。

21歳最後の映画は『天使と悪魔』でした。
終わりよければ全てよし(笑)
最高の21歳でした

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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画





おはようございます。
これは、ちょっとした論文並みのボリュームですね(笑)。

たしかにバッテリーを渡されるとき、
ユアンが微かに笑っていた記憶があります。
その時彼は、「神の声」を聞いていた、と。
なるほど。
計画的にみえて実はデタラメ、もしくは究極の計画だった。
少しだけ感じていた不自然さが、スッキリしました。

あと、そろそろお誕生日でしたっけ。
おめでとうございます!
【2009/06/07 09:16】 URL | ケン #JkPZIk6.[ 編集]

>>ケン さん

コメントありがとうございます!

なんだかダラダラと語ってしまいました…。
もっと、まとめようとしたのなら
スッキリした文章になったかもしれないのに…
そもそも言いたいことを言いきれたのかも
よくわかりません…
本当に文章うまくなりたい…!!

映画では全然神との交信がなかったですが、
表情の中にはたぶんそういう設定が組まれていたのかなぁとか…。
私も原作読んで、
計画犯ではなかったという納得いくような
いかないような設定を突きつけられて、
でもだからこそこのストーリーが成り立つのだと感じましたv-392


本日誕生日でした!
ありがとうございます!
【2009/06/07 18:37】 URL | なるは #-[ 編集]

原作読んで
「なんだかカメちゃん乙女ちっく?」
とか思ってしまった私です。
”世界に向けて訴えるカメちゃん”は
映画でも見たかったなぁ。

お誕生日おめでとうございます!
素敵な1年になりますように。
【2009/06/07 21:21】 URL | 珊瑚 #-[ 編集]

Whoah!....
すごいすごい!!!!!
論文みたいだ・・・。

あたい小論文が作文になる人なのでw

いつかこういう風に書けるように
なってみたいものです。
いつも楽しく読ませてもらってます;)
【2009/06/07 22:38】 URL | anna #mQop/nM.[ 編集]

>>珊瑚 さん

コメントありがとうございます!

>「なんだかカメちゃん乙女ちっく?」
祈りに祈ってますよね。
カメルレンゴ=ユアンなので、
かわいくてたまりません(笑)

でも確かに、
天を仰いで感謝の言葉を叫びまくる、
カメルレンゴのシーンも観たかったですねv-398

ありがとうございます!
今年も映画な1年にしたいです!!
【2009/06/07 22:53】 URL | なるは #-[ 編集]

>>anna さmm

コメントありがとうございます!

いやもう、収集がつかなくなりすぎですね;
言いたいことだらけだけど、
なんだか手当たり次第でまとまりがないですv-388

論文というよりは、
脳内を垂れ流してるだけのようで…。
私も頑張ります。要点絞って。
【2009/06/07 23:00】 URL | なるは #-[ 編集]















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