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そざい ギャザリー そざい

心は説けない。

きけんなめそっど

危険なメソッド』を観た!

カール・グスタフ・ユング精神科医は、
今日も精力的に患者の精神分析にあたっていた。
ザビーナがユングの診療所に入院してからは、
彼女のその特徴的な精神状態を診、
研究者の立場としてのめり込んでいった。
一方で、ジークムント・フロイト精神科医は学説を批判されながらも、
精神分析の分野において名を広めていた。
心を言葉で説く
そこには限界と、混乱と、固執があった。

精神科医たちの葛藤と功績
残したことは、
議論は止まないこと
議論にあたり、病まないこと
精神分析に関心を持つ者もいれば、
とことん不信感に陥るだろう今作。
頭の中がぐるぐるしてくるけど、興味深い1本
個人的には観て良かった

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偶然は信じない。
きけんなめそっど
ユングは当初、超自然現象を信じなかった。
それでも不思議と重なる“偶然”。
スピリチュアルな分野を精神分析と融合しようとし、
最終的にフロイトと意見が分かれる原因の一つとなる。

私は3週間前本棚を買い、
部屋の奥底に眠っていた本を、目の届くところに立てかけた。
『面白いほどよくわかる フロイトの精神分析』
買った当初はフロイトの夢分析に興味があったけど、途中で挫折。
しかし改めて手に取り、何か自分の今の状態を解けるのではないかと、
時間を見つけては読み込んでいた最中だった。
最近学んだフロイトたちの学術用語が、映画で飛び交う
この偶然、あまりに気持ち悪くて若干気味が悪かった。

しかしそう言えば、と。
私は『危険のメソッド』が、“精神分析かなんか”の物語であることを、
本棚を買うもっと前に、あらすじのさわりだけを読んで知っていたことを思い出す。
偶然にも『フロイトの精神分析』を読み出したのは、
きけんなめそっど
フロイトに言わせれば、必然だったと言うだろう。
無意識化に置かれていた記憶が、行動に導いたと。

なんて、これは大袈裟な例えだけど。
でもこの『フロイトの精神分析』を読めば読むほど、
物凄く同“感”な部分もあれば、
フロイトの固執した考え、
それこそ過去に何かあったと思わせる固定観念に、
白目むきそうなほど拒絶したくなることもあった。
でもフロイトはまた言うだろう。
拒絶は、突かれたくないことを突かれたための、自己防衛だと
なんとでも言え
いや、なんとでも言える
この分野はあまりにも流動的で、感覚的だと思った
もちろんフロイトはたくさんの患者を診、
裏づけを得るために文学や芸術に重ね、
膨大な分析と比類なき努力をしてきた偉人だ。
むしろ否定したがる私の方がなんとでも言えて楽なのかもしれない。

でも、何か座りが悪い
きけんなめそっど
言いくるめられていく、押し込められていく。
きけんなめそっど
尊厳と威厳と、巧みな話術が浸透する。
きけんなめそっど
何に頭を悩ませていたのかわからなくなる。
きけんなめそっど
その“答え”は誰のものだ?

おそらく精神分析は、
“効く人”と“効かない人”がいる
聞かない人は“効かない”のが当然だが、
ひとりの尊敬する人がいて、
その人と意見が食い違った時、敬意を表したい一方で、
否定しなければ自分の存在が示せないというジレンマに陥る。
その時は最悪である
自分の自分自身の分析とぶつかることで、
自分がなんだかわからなくなる

きけんなめそっど
精神科医も人間である
患者を診る時、自分も診られなければならない。
効果の不確実性
成果には信頼と、依存と、純粋がなければ。
導かれた“答え”が答えだと納得できなければ。
精神分析はもちつ、もたれつである反面、
自身の精神を極めて危険な位置に立たせている。



結局は、“個人の観念”の論争である気がして。
それを信じる者は救われるし、疑う者は巣食われる。
きけんなめそっど
無神論者であるフロイトは、自分の観念を信じていて、
患者にとってはフロイトが宗教であるとも言って良いと思う。
神が人を作り出したとする、宗教的な観念を嫌うフロイトこそが、
神の立場に立つことで、功績を残すことができたんだと思う。

また、患者を被験者とし分析する一方で、
掘り下げているのは自分自身の精神だったりする。
フロイトが功績を残せたのは、
ぶれてはいけない自分自身のある部分を、強固に護りきったから。
きけんなめそっど
精神分析は、陥ること。
良くも悪くもそれは、一生を虜にする。
欲も悪ければ、一生を虜にする。


ここのところ、出演作が来襲しまくっている
マイケル・ファスベンダーの観てるこっちまでおかしくなりそうなほどの
またも深みに嵌った演技と、
きけんなめそっど
荒々しいながらも、
仰天するほどの精神の錯乱状態を演じたキーラ・ナイトレイと、
きけんなめそっど
フロイトの風格と“賢さ”を見事表現したヴィゴ・モーテンセンと、
きけんなめそっど
尺としてはそんなに長くないけど、
強烈な印象と映画の真髄を語らせる役を果たした
ヴァンサン・カッセルといった具合に、
(しかも彼の存在って、観念への屈服のために繰り出された感じもする・・・)
きけんなめそっど
キャスティングもよかったし、観応えある演技を楽しめた!!
ユングの奥さん役サラ・ガドンも、平坦ながらも印象深い演技してたなぁ!


人生における抑圧だったり、
そうであるのに抗えず欲に陥っちゃう妙とか、
自分自身では説明つかない行動から逃れられない状態とか、
登場人物について考え込めば考え込むほど、
それが全部我が身に降りかかってくる謎で、頭が痛くなった。
それでもこうしたぐるぐるとした問題は、
不思議と、自身を前進させるような気もする

フロイトは、観念を言葉にし、論争を呼び起こしたことで、
これまで説こうとしなかった問題を、
みなが口々に言い合えるようきっかけを作ったと思う。
彼が語ることは、恐ろしいくらい彼自身に偏っていて、
鵜呑みにすれば洗脳の類で危険だと思う。
でも、考え方の一つとすれば、ひらめきの起点になる。

私もこうして書きたがる、語りたがる性質だから、
観念を表現したくなるタイプなんだけども、
振り返ってみればこうした行動は、
自分自身を知りたいという究極の欲求なのかなって思ったりする。
フロイトはそれに気づけていたかな?

そしてやっぱり、自分以外の人間に考えを話して、
それに対する何かしらの返答があることで、
また考えて、話して、考えて、話しての繰り返しは、
人間にとって必要不可欠なのかなって思った。
その時、観念の押しつけだけは、
してもいけないし、されてもいけないけれど。

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